2. 才能というものがありながら

「っええ⁉」


 少年は激しく動揺したらしく、その場で一、二歩後ずさった。常連のおっさんが胡乱な目をしてこっちを見てくるが、ライカはそれをさらりと受け流す。


「別に驚くこたねぇだろ。転生者なら冒険者、それはこの国の常識ってことは知ってるだろ」

「まあその、マスターから少しは聞きました、けど」

「俺はなんだ。親父が転生者でな」


 ライカという名前は父親がかつていた世界……彼の母国の言葉らしい。「雷」と「火」、父親が得意としていた魔法のどちらも息子は受け継いだ。だから雷火ライカなのだと。


「邪竜が目覚めるまでは塔の探索こそなかったものの、魔物討伐をして生計を立ててたんだ。俺はそんな親父の背中を見て育ったし、親父から継いだこの力を生かして世のため人のために働きたいって思ったよ」


 ライカの父親は別人として生まれ変わるタイプの転生者だった。だから厳密にはライカはエリンダス人だ。転生者の判断基準は前世の記憶の有無、その一点だ。転生者の子供が転生者と認められるわけではない。それでも父が語ってくれた向こうの世界の話、そして転生者に宿る強い才能というものを信じている。事実、父は雷と火の魔法に関しては自分の手足のように扱っていた。


「それで、あの塔だろ? 邪竜を倒すための秘密があそこに眠っているとも聞く。そして誰もあの塔の頂上にたどり着いた者はいない。俺のほかに誰がやるんだって話だ」

「そう、ですか……」

「あんたは自分の力を邪竜討伐のために生かそうとは思わないのか?」


 ライカは熱っぽい視線を少年に向けた。


「転生者は強大な能力を宿していることが多いんだ。なあ、ならその力を生かさないで何になる? 俺のギルドは俺の思いに共感してくれた転生者が多く在籍してくれている。もし、お前さえ頷いてくれたら」

「お話は、すごくありがたいのですが」


 少年は困惑した表情を浮かべながらもまっすぐにライカを見据えた。漆黒の瞳の中に饒舌な自分が映り込む。


「僕は、できません。僕には魔法は使えないし、特別な力というものもないんです」

「そんなはずはない!」


 ライカは叫んだ。がたりと椅子を蹴って少年の両肩を掴む。なで肩だからもっとなよっとしているかと思ったのに存外厚みがあった。


「転生者ってのは特別なんだ、俺の親父がそうだったように! だからお前が気づいてないだけで、絶対強大な力が」

「それに僕は、マスターとサシャさんに助けていただきました」


 白熱していくライカとは対照的に、少年の声はひどく涼やかなものに聞こえた。


「命の恩人に報いたいんです」


 ***


 ライカは機嫌がすこぶる悪かった。

 心のオアシスとばかりに頼んだマスカットのタルトの味も覚えていない。砂を噛んでいるような心地だった。叩きつけるようにお代を置き、蹴破るように店を後にし、大股で肩をいからせて大通りを帰ってきた。ライカが頭領を務めるギルド「電光石火」の拠点――別名、ライカの自宅とも言うのだが、それは王都の露店街から更に南に下ったところにある。白レンガに色とりどりの屋根が立ち並ぶ住宅街で、壁面を真っ赤にした気狂いクレイジーな外装が愛しのマイホームである。

 ドアに鍵はかけていない。留守を頼んだメンバーが待っているはずだからだ。ライカは苛立ちのままに思い切り扉を開け放し、そのまま豪快な音を立てて閉めた。中で続いていた談笑が一瞬ぷつりと切れる。


 談笑の会場になっているリビングに足を踏み入れれば、そこには外出前と同じようにギルドメンバーが思い思いにくつろいでいた。


「あ、ライカちゃんお帰りー。ちょうどクッキーが焼きあがったんだよ、一緒に食べるー?」

「いらねえ」


 マイペースを極めた「魔法使いジョブ・ソーサラー」に真っ先に声をかけられたのは相性最悪という他なかった。ごろんとだらしなくソファいっぱいに身体を委ね、ひらひらと適当に手を振っている。家主を丁寧に歓迎するということは彼女の頭には入っていないのだ。


「イライラするのは勝手だけど私たちに八つ当たりしないでくれる? いい迷惑」


 そして、追い打ちをかけたのが「僧侶ジョブ・ヒーラー」というのもまた致命的だった。普段からあけすけな物言いにはライカも散々してやられてきた。男がケーキ云々の性差別も甚だしい言葉を投げかけてきたのも何を隠そうこいつである。女だからと言って手加減するほどライカも紳士ではない。ぶつん、と一気に引きちぎれた何かを繕うこともせず、ライカは瞳に業火を宿して「僧侶」に襲い掛かった。


「テメェジャスミン、今日という今日は絶ッッ対にぶっ殺してやる‼」

「やれるものならやってみなさいよ単細胞」

「こんの……!」

「ライカ! ジャスミン! そこまでになさい! 近所迷惑ですよ」


 そう言うが早いか、ライカの頭上に巨大なが降ってきた。金属製で結構痛いやつだ。ぐわん、と脳が震えて視界が一瞬ぼやけて見える。その衝撃のままライカはその場に片膝をついた。


「いっ……てえええええええ‼」

「何で私まで⁉」

「喧嘩両成敗です。他人を見下し煽るのはあなたの悪い癖ですよ、ジャスミン」


 ぐ、と悔しそうに唇を噛むジャスミンが視界の端に映った。きつい言葉を使うジャスミンであっても、彼の前ではどうにも強く出られないらしい。おそらくは理詰めで正論を話す「聖騎士ジョブ・パラディン」には分が悪いのだろう。

 ようやく視界が戻ってきた。うっすらと涙の膜を張りながらも、ライカはきっと「聖騎士」をにらみつける。足元ではいまだにタライがぐわんぐわんと回転していた。


「なんでもかんでもタライを落とすのはやめろって言っただろ、エミリオ」

「すぐかっとなる癖が矯正されたら検討します、ライカ」


 ギルド「電光石火」の副頭領エミリオはにこやかに言った。

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