Leica Bordeaux:ライカ・ボルドーは天を目指す

1. ギルド「電光石火」

 あの塔の頂を目指すことは冒険者の理想だ。遠く果てない夢。雲をも貫き天辺の見えない黒き塔は、人々にロマンを抱かせるし、同時に挫折も経験させる。果ての見えない塔など一体どこまで昇ればよいのか? そもそも本当に果てなど存在するのか? 邪竜の目覚めと共に現れたあの塔を踏破したものは未だにいない。

 だからこそ燃えるのだ。冒険者ライカ・ボルドーは困難こそ挑みたくなる性分だった。冒険者として、あの漆黒の塔に頂に立つのは己であると決めた。それが己の使命だと信じて疑わなかった。


「……でな、邪竜ヘルヴェルトが目覚めると、王都の近くに塔が姿を見せたのさ」


 近くのテーブルでは昼間からいつものオヤジの説明が始まっている。この店に通うと決まって同じテーブルに座っているから、最早この店に住んでいるのではないかと思う。時刻は黄の刻午後三時。客のピークを過ぎた店内は数もまばらだ。看板娘のサシャも今は休憩に入っているようで、目立つピンク髪はどこにも見当たらない。ホールでは新入りの少年だろうか、彼が不慣れな手つきで注文票にオーダーを書き入れていた。

 何の気なしにその少年を目で追ってしまうのは、新しい人材を探しているライカの癖になっているのかもしれない。漆黒の短髪に同じく夜色をした細い両目。背丈は平均値だがなで肩でどことなく頼りない印象を与える。しかしライカの目は誤魔化せない。オーダーを取ってバーカウンターに向かうステップや品物を片手に乗せて運んでいく姿には一切のブレがない。体幹がしっかりしている証拠だ。


「店員さん、注文を」


 ライカの興味が勝った。もう少し近くでひととなりを観察してみたいと思い、ライカは新顔ウェイターに声をかける。「はい」と腹から出ていない声でぱたぱたと駆け寄ってきた少年は、やはりその足元に一切の不安がない。白いシャツに黒いパンツ、それから腰から着用するエプロンといかにもかっちりしたウェイターの制服なのであるが、どうにも服に着られているように見えるのはやはり気弱そうな外見のせいなのか。


「コーヒーブラック、それとマスカットのタルト」

「はい。えっと、以上でよろしいですか?」


 ああ、と頷くと少年は手にしたペンで注文票にライカのオーダーを書き込んでいく。少々時間がかかってしまうのはご愛嬌ということにしておこう。「繰り返しますね」と唱和されたメニューに間違いはなかった。


「少々お待ちください」


 ぺこりと頭を下げて少年がバーカウンターへと踵を返した。その後ろ姿をライカはじっと見つめる。それからピースをつなぎ合わせるように思索にふけり、ひとつの仮説に至った。


 ――転生者、かな。


 この店には転生者が集まりやすい。マスターに話を聞いたところによると、たまたま拾った転生者に食い扶持を与えるために知り合いの冒険者ギルドに彼を紹介したのが始まりで、それがいつしかこんな大きな「商売」になってしまったという。転生者の事情は様々だ。異世界から渡ってきたものという定義こそあれども、元いた世界と同じ容姿でやってくるものもいれば、まったくの別人として生まれ変わることもあるらしい。元の世界の記憶を持っている者からしかそういった話は聞けないが、学者の間では記憶を持たざる転生者も潜在的にはいるだろうと囁かれている。

 あのウェイターの少年は、たぶん元いた世界の姿のままこっちに来たのではないかとライカは推測している。黒髪黒目というのは転生者に多い外見的特徴のひとつだ。もちろん例外はあるし王国でも黒髪黒目は珍しいわけではないけれど。

 あとは気性の問題だろうか。やたらと頭を下げてへこへこするのも記憶を持った転生者によく見られる行動だ。


 ――……ってぇと、この坊ちゃんは冒険者にはならなかったってことか?


 どうしてもライカにはそこが引っかかる。転生者といえば冒険者。これは王国における常識にもなりつつある傾向だ。この世界の知識も浅く、転生してすぐに手に付けられる職もない彼らにとって最も手っ取り早い稼ぎ方が冒険者になることである。転生者には魔法に秀でた者や特殊能力を所持してこちらに渡ってくるパターンも多いから、猶更その傾向は強くなる。この国の人間も転生者に会ったらまずは冒険者かどうか聞いてしまうし、それくらい定石の職業なのである。

 これはますます話を聞きださないといけないなと、ライカは胸を躍らせた。もし例の少年が転生者なら、彼はライカの探し求める人材かもしれない。天高く聳え立つ漆黒の塔を制覇すること。それがライカの一生を賭して叶えたい夢だから。


「お待たせしました」


 ウェイターの少年がライカの前にブラックコーヒーとマスカットのタルトを給仕した。大衆食堂であり大衆酒場であるデルフィネだが、ライカはここのスイーツが大好きだ。「男が一人でケーキ食べに行くとか恥ずかしくないの?」とギルドメンバーから心ない言葉を言われて以降自粛していたが、ここなら人目を気にせず好きなものを食べられる。


「なあ店員さん、ちょっといいかい」

「? はい」


 少し周囲をきょろきょろとして、オーダー待ちの客がいないことを確認したんだろう、少年がおずおずとライカの隣に近づいた。「なんでしょうか」と不安げに問いかける仕草からはとりわけ歴戦の勇者のような覇気は一切感じない。それでもライカには確かめなければならないことがある。彼が転生者なら絶対に。


「あんた転生者か?」

「! どうして、それを」

「ってぇことはビンゴだ」


 誘導尋問するような言い方は嫌われますよと、これまたギルドメンバーに言われたことなのだが、ライカは自分の予想が当たっていたことに歓喜した。少年は顔色を蒼白に変えてライカを見つめている。そんなに不安な顔をしなくてもとって食いやしねえよと、ライカは口の端を吊り上げる。


「まあ、こっからが本題なんだけどよ。……あんた、ウチのギルド『電光石火』に入る気はねぇか?」

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