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「いやごめんって。だってウェンズデイはほら、素直過ぎて嘘とかつけないだろう。相手に盗聴される可能性がある以上こっちも全力で二人をだます必要があったんだってば。

 でも流石にダイバーⅡが臨界点を迎えた時は焦ったよ。営業所でようやく生存反応をキャッチ出来たからこうして駆けつけることが出来た訳だけど。いやー流石我が娘、本当に頑丈だわ」

 ママはのんきな声で笑い始める。それが信頼の裏返しだって事は分かるけど……だからって騙すなんて……本当に死ぬかと――

「ってえ? 何でダイバーⅡが爆発した事、と言うか私達がやってきたことそこまで知っているの?」

 私の質問にママはそっとジウを指差す。

「ジウの銃撃プログラムの中についでに監視ツールを紛れさせておいた。おかげで動作が若干もたついたみたいだけどまあ、結果オーライ?」

「ジウ……」

〈AIが自覚できない仕様になっています……完全に騙されました……〉

 結局敵を含めて私達はママという存在の手のひらの上でまんまと踊らされたみたいだ。ここまで筋書き通りに支配されると……はは、ははははははは……。

「ははははは……なんだろう、悩んでいたのがバカらしくなって来た」

「あれ? ウェンズデイ、大丈夫? ごめんやりすぎた⁉」

「ううん、なんでもない。また後でじっくり話そう。今回の反省会も含めてね」

「ああ、うん、もちろん」

「で、結局モモちゃんはこのままママが届ける? ここまでママのためにおどったなら、最後までやり遂げたいんだけど」

「ああそれなら――」

「依頼人ならここだ」

 格納庫のドアが開く。見るとそこには杖を付く身なりのいい老人の姿が。あの人こそ依頼人でありモモちゃんの……。

「……」

 モモちゃんはミスターエタニティを認めると何かに導かれるように彼の下へ歩みを進めてゆく。これはきっと今まで離れ離れになっていた親子の感動の対面となるのだろう。

 でも――

「ミスターエタニティ!」

 私はそんな二人の間に割って入った。

「……何だね」

「……」

「バイオロイドを作ったのはあなたですね」

「……そうだ」

 バイオロイドを娘と呼び、そして親族一同からこれ以上ない殺意を向けられるとなると……エタニティ財閥は宇宙開拓時代の初期から存在していた。だとしたらバイオロイドの開発に関わっていてもおかしくない。

 それに――

「ねえジウ……私も……バイオロイドなんでしょ」

〈……〉

 私の言葉に「困惑」の点滅を繰り返していたヘッドセットの発光が安定する。その沈黙は答えと受け取っていいはずだ。

「その答えは今回の報酬の一つでね。君がモモと呼ぶこの子は私の遺伝子情報を基に作ったバイオロイドだ。ゆえに生物学的に私の娘と言える。この子が宇宙の辺境で発見されたと聞いた時は驚いたよ。生きていてくれたんだなってな……。

 そして、君のようにこの宇宙には廃棄を逃れた他の個体も存在している事実に私は驚愕を隠せなかった」

「モモを届ける条件として一つ約束してくれませんか」

 本来であれば私は依頼人に何かをお願いできる立場じゃない。配達人と受取人の関係は渡して受け取る。それだけだ。

「……いいだろう。娘の、モモの同胞としてなんでも言ってくれ」

 それでも私の話を聞こうとしてくれるのは自分たちで生み出したバイオロイドに対して引け目を感じているからだろうか。

 いや、それじゃ駄目だ。私達が求めているのはそんな事じゃない。

「ミスターエタニティ、あなたがモモを自分の娘として後継者にするのか、能力を活かして護衛に使うのか、それには興味がありません。でも……私達にも人間としての心があります。

 私事ですが、私は今回の依頼で何も知らされることなく仕事に従事して恐ろしくて仕方がなかったです。でも、そんな私を支えてくれたのはジウと母であり社長であるシャ・メイファンの信頼があってこそです。

 モモはまだまっさらで、ご存知かもしれませんが戦うことなら私よりも完成度が高い。でも、恐怖を感じないわけではありません。戦況がひっくり返された時に彼女は怯えていました。あなた達がかつて私達を滅ぼそうとしていた時の事情は分かりません。でも、これからの事を言うならモモの事をめいっぱい、人間として幸せにしてやって下さい。今空っぽのモモを満たせるのは多分、ミスターエタニティだけだと思いますから。

 もしバイオロイドとしてしか見ることが出来ずに、モモに怯えて彼女を泣かせるようなことがあれば、その時は私が同胞として人類に反旗を翻します。こう見えて私は何かを壊すのが得意なんです。その事だけ、お願いします」

「……もちろん。私は今度こそ自分の娘を幸せにするためにここまで来た」

 お互いの緑色の瞳が交差する。

 この人なら大丈夫。私はそうテレパシーを送ると二人を見送った。

「お疲れ様」

「……うん」

〈ウェンズデイ……〉

 過保護な私の姉はヘッドセットを暗色に、不安げに点滅させる。全く、ジウも大概過保護なんだから。

「私なら大丈夫。それよりも……」

「おっ」

 私はママを見据える。大きな案件を終えてますます自信をみなぎらせているこの人を、どうすれば突き崩すことができるだろうか……。

「私さ、あの島でおじさんに胸を触られた」

「……え?」

 何の話だ? とママは戸惑っている。掴みはOK。このまま畳みかける。

「ママならそんな時どうする?」

「どうって……そうだね……程度にもよるけど最低で相手が社会的にどうしようもならない状態に追い詰めるか、最悪殺すかな」

「今回の過激派一斉摘発みたいに、最愛の娘を手ごまのように巻き込んで?」

「……ウェンズデイ、ひょっとして……怒っている?」

「ううん。、が正解。なんかここまで見事に踊らされちゃうと……大人になろうと背伸びしても無駄だったのかなって……道具は余計な感情を持たずに、任務に向けて淡々と、社長を信頼していればいいのかなって……」

「それは違うぞ、ウェンズデイ――」

 そう言うとママは私の両腕を優しく包んだ。

「確かに私は社長としてウェンズデイの社員としての能力を評価して、今回の仕事に就けた。それは確かに人間を道具として使うことに他ならないだろう。

 でも、私だっていつ、どのタイミングで助けに入ればウェンズデイたちを助けられるのか――爆発した時は本当に生きた心地がしなかった。ウェンズデイから見たら万能に見える私だって恐怖を感じる。全然カッコよくないよ。常に綱渡りさ。

 だからウェンズデイ、上手く言えないけど、感情を押し殺すのは無しだ。うん。これは人間だろうがアンドロイドだろうがバイオロイドだろうと変わらない。別に私に言いたくないことがあるのは構わないさ。人間生きていれば自分の心の中に収めておきたい事がいくらでもある。でも、感じなくなってしまったら心が錆びついて、思考が止まってそれこそ道具みたいになってしまう。

 ウェンズデイ、アンタは存分に感じて、発散させていいのさ。私がアンタをロケット野郎に従事させているのはいろんなものを見て、成長させるためなんだからさ」

「自分の娘をボコボコに追い込むのも良い経験?」

「痛いところを突かないでよ……」

「だって……本当に怖かったから」

「……うん」

 安心から、私達はお互いに抱き合った。久々に飛び込んだママの胸は凄くふかふかで気持ちが良い……なんだか私も胸がきつくなってきた。今日は大活躍だったけど、しばらく玄武は必要ないや。

 どれだけ不安になっても私にはママとジウがいる。それだけじゃない、マリーさんにサル達、モモちゃんだって。私の事を心配してくれる、頼ってくれる人がいるって分かった。それが分かったから、今回の仕事は受けてよかったと思う。


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こちらサマートランスポート・レッキングシスターズ(一人称改版) 蒼樹エリオ @erio_aoki

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