午前3時32分、わたしの話を聞いてください

宮国 克行(みやくに かつゆき)

第1話 午前3時32分

あ……これ、始まってる?コメント来るからたぶん始まっているみたいですね。


わたし、このアプリ使うの初めてで、全くわからないので、もし何か間違ってたらごめんなさい。


…………えっと。それから初めに言っておきたいんですが、別に特別なこと話すわけじゃないので、つまらないと思います。ただ……ただ、少し、聞いてほしくて……普通の女の独り言だけど、暇な人は聞いてくださると嬉しいです。もちろん、途中で寝てくださってもいいです。もうこんな時間だしね。


え?顔見せしないのか?うん。ラジオ配信で話したいと思います。そんなに長時間話すわけでもないし、このままでいこうと思います。


うん。このままで。


…………ふー!


はは。ごめんなさい。いざ、話そうとすると緊張しちゃって。


そうですよね。自分のタイミングで話せばいいんですよね。ありがとうございます。


…………昔もこうでした。


あ!え?何でもないです!ごめんなさい。


……やっぱり駄目ですね。話そうと心に決めたのにいざとなると尻込みしちゃって。


頑張れって言ってくださっている方、ありがとうございます。


うん。うん。


では……わたし、後悔していることがあって。


昔、応援してくれる方が多くいて……あ!お世話になった方ですね。


初めは、ありがたいことだと感激して、一生懸命やっていたんです。お世話になった方たちの前でも常に感謝していたし、全力でした。


でも、いつしか、弛んできていたんだと思います。


楽をすることを考えるようになってきて。自分ではあまり意識してはいなかったんですけど。


お世話になっている方々が用意してくれるいろんな物も感謝はしているんだけど、どこか当たり前、あって当たり前と思ってくるようになってきていた。もっと正直に言えば、文句すら言ってしまったときもあったの。


「こんなんじゃ駄目」「もっと良い物用意してよ」って。


最悪ですよね。でも、わかっていてもやめられなかった。


罪悪感があってもお世話になっている方々から「好きなようにやればいい」「そんなことで嫌いにならないよ」って言って頂いて。それでいい気になっていたんだと思う。罪悪感を覆い隠していた。


そして、そのまま突っ走ったんです。


自分の甘さとわがまま、未熟さを別の都合のいい言葉に置き換えて正当化していったんです。


え?注意してくれる人ですか?


もちろんいました。


でも、耳を貸さなかったし、何かと理由をつけて遠ざけていたんです。自分を攻撃してくるアンチだと思い込んでいた。


周りには、良い言葉をかけてくれる人たちしかいませんでした。いいえ。残っていなかったのだと思う。


わたしは、やりたいことだけやれば良い、とまで思っていたし、お世話になっている方々にも同じことを言われてました。


でも……世の中そんなに甘くはないですよね。


やりたいことだけやって生活できる人は、その前にやりたくないこともキチンとやり抜いてきた人たちだと今更ながらわかったんです。


…………うん。大丈夫です。ありがとうございます。


やりたいことだけやっていった結果、周りから浮いていきました。


当たり前ですよね。


そんなことすらわからなかったんです。子どもだった、と言えば聞こえはいいけれど、プロとしてそんなことは通用しません。


見て見ぬふりをしていましたが、ひとり、またひとりと周りから人がいなくなっていくのを感じていました。それでも意固地になって、益々、わがままになっていって……仕事もうまくいかなくなっていきました。


最後は、私自身が心身共に限界になりました。本当は、自分が一番の原因だって、自分自身でわかっていたのかもしれませんね。


それでも、最後まで素直になれなかった。


用意して頂いたセレモニーも格好つけて辞退して、辞めた後の夢を熱っぽく語りました。後悔はない、前向きだ、なんてお決まりの言葉を使って。


………………ううん。泣いてないです。大丈夫ですよ。


そうですね。こんなところで言い訳めいたこと言っても仕方ないですよね。直接、お世話になった方々に伝えられればいいのですが、もう、無理なのです。戻れないのです。ううん。戻るべきではないのです。


ずっと後悔していました。後悔はないなんて嘘だった。


辞める時、語っていた夢もすぐにあきらめてしまった。


それはそうですよね。だって格好つけるためだけに言ってただけだから。


情けなかった。


悔しかった。


そして、何よりも、お世話になった方々に申し訳なかった。


ほんとうに申し訳なかった……


わたしは最低な女でした。


…………励ましてくれている方、ありがとうございます。


そうですね。こんな夜更けに愚痴を聞かせてしまって申し訳ないです。嫌な気分にさせたなら、ごめんなさい。


でも、誰かに聞いて欲しかったんです。ただ、それだけだったんです。


え?今ですか?


今は、平凡に暮らしています。何もないけど愛おしい時間の中で生活しています。


幸せかって?


ええ。幸せです。


うん。うん。そうですね。今が幸せならそれでいいですよね。


スッキリしたか?


…………うん。少し、気持ちが落ち着きました。


はは。近くで新聞配達のバイクの音がしてますね。夜が明けてきたみたいですね。


そろそろ、配信を閉じたいと思います。


聞いてくださった方々、ほんとうにありがとうございます。


自分勝手な配信に付き合ってくださって感謝しています。


え?


……………………違います。わたしは、その人ではないです。


ただの普通の女です。


もう普通の女なのです。




               了





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

午前3時32分、わたしの話を聞いてください 宮国 克行(みやくに かつゆき) @tokinao-asumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ