第22話10

 僕はその日、大阪で宿をとった。コンビニ弁当で夕食を済ませ、それから一日の汗を流し、寝る準備をする。明日には自宅へ戻る。僕は携帯電話を手に取った。母は高齢だけど夜遅くまで起きている。数コールで電話に出る母。母が電話に出ないことはほとんどない。


「どうした?」


 普段、母に電話をすることなど用事がない限りほとんどしない僕からの電話に、言葉とは裏腹に声が嬉しそうに聞こえる。僕は時事系列を簡単に説明しながら昼間の出来事を母に伝えた。母はすでに知っていて僕には言ってなかったことや初めて知ったことがあったようで。珍しく僕の話を途中で遮ることなく黙って最後まで聞いてくれた。


「なんとなくだけど。父さんの背景が見えてきたと思う」


 僕がこの表現を使うことはよほどのことである。人を理解しようとすることはとても大事なことであると思うし、その反面、危険なことでもあるとも思っている。すべてのことには『理由』が必ずあって。風が波を起こし、それは地球の回転だとか月や太陽などの引力がそれらを作り出し。足を踏まれたら怒るけど、踏んだ方は気付いていなかったことの方が多かったり。父と母を精巧な腕時計と表現したが、実際にはそれ以上の『積み重ねた理由』が存在し。人はそういうものだと僕は思っている。ただし、想像することは許されるなら(その許可を得られたり、実際に口にしなければ)、してもいいとも思っている。僕が母から手渡された『三十年の往復切符』。その存在がその言葉を口にすることを許可したと思う。


「そうか…。そこまで調べたんかあ…」


「写真はすぐにそっちに送った方がいいかな?」


「いや。それはあんたが直接手渡した方がええ。またすぐにこっちに帰ってくるんやろ。その時でええのと違う。それよりあんたはあの人がどうやって向こうの人間と『縁』を切ったか知ってる?」


「え?」


 僕はその言葉を初めて聞き、その事実を初めて聞かされ驚いた。同時に今回の大阪への旅でいろんなことを自分の力で調べたことで天狗になっていた僕は自分の甘さを痛感する。結局未だに上辺しか見てない自分に少し腹が立った。


「昔、母さんが『家出』したのを覚えてる?」


 僕の母は僕が幼い頃に一度『家出』をしたことがあった。そんなこともあったなあぐらいの感覚は記憶の隅に残っていた。実際、三日ぐらいで母は家に戻ってきた。「あれはちょっとした小旅行に行っていた」と言われてもそれで納得するぐらいの短さだったのは鮮明に覚えている。それで特別何かが変わったことも当時の僕は感じなったので。だから「そんなこともあったなあ」レベルの記憶である。


「もう少しのところまで来てるんちゃうかなあ。最大のヒントを私は言ったよ」


 「向こうの人間と『縁』を切ったこと」と「母の家出」。


「もう少しだけ時間をくれるかな」


 そう言って僕は電話を切った。

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