第3話

 すっかり寒くなってきた朝、いつもと同じように電車を待つ。

 相変わらず、二両目の一番ドアが指定席だ。

 電車の接近を知らせるアナウンスが流れ、遠くに電車の顔が見えた。

 電車が速度を落として駅に入ってくる。目の前を通り過ぎた窓にはいつもの後頭部が見えた。

 扉が開き、電車に乗り込む。腰掛けた膝にカバンを置き、その上で腕を組んで俯く彼の姿があった。

 その首元には黄色いネクタイが見えた。前回と同じ柄だった。

 

「今日着てたよ、例の黄色いネクタイ」

 学校に着いてすぐ、挨拶もそこそこに、友達に報告する。

 試験も終わり、もうすっかり年末モードになって弛緩した空気の中で「へえ」と上擦った声が返ってきた。

「ということは、うん。なんか面白くなってきたかも」

「やっぱり勝負服ってことかな?」

 私の問いに、うんうん、と目も合わせずに応える。

「ストーリー見えてきた」彼女はかけてもいない眼鏡を人差し指と中指であげる仕草を見せる。「まず、初めに黄色いネクタイを見たのはいつだっけ?」

 くだらない問答が始まる。

「九月末頃だったはず」

「もう一声」

「え? 九月末頃の……週の頭?」

「正解」と言って人差し指をこちらに向けてくる。

 いつも話半分に聞いているようで、意外としっかり記憶しているものだ。

 彼女はさらに続ける。

「最初に登場したのは月曜日、その後は?」

「何回かあったけど覚えてない」

「そうだったね。それで、覚えてるいるのは?」

「先月末の金曜日?」

「そう。それで今日、と。はい共通点はなんでしょうか」

「共通点と言っていいのかは微妙だけど、強いて言うなら月末付近とか」

「そう、それが大きなヒントになってるわけで」完全に独壇場で、さらに続ける。「今日も着けてるあたりやっぱり勝負服とも捉えられるんだけど——」

 わざとらしく溜める。

「違うの?」

 彼女が明るい笑みを浮かべた。大したストーリーテラーである。ノリノリで妄想を続ける。

「引っかかるのが最初に出てきた日。なぜ最初は月曜日だったか、そこがポイント。はい、カレンダーオープン」

 そう言って、手元のスマートフォンでカレンダーを開いて見せてくる。暦は九月。

「九月二十八日、になにかがあったってこと?」

「ちょっと違う。月末の金曜日がいつになっているか、見て」

 カレンダーを確認する。九月は二十五日が月末金曜日だった。

「ネクタイ初登場の前の週末?」

「そう、月末金曜日といえば、世はプレミアムフライデー」

 そういえば世の月金働きの方々にはそんな制度もあったなあ、と思い出す。なんだっけ定時退社が早くなるとかそんなやつだった記憶がある。

「つまり」彼女が総括に入る。「九月末に彼女さんから黄色いネクタイをプレゼントされ、翌出社日に初めて着けました。以後はその彼女さんとのデート日につは必ず着けている、と見た。今日、クリスマスの金曜日にも着けているのが何よりの証拠!」

 薄く笑みをたたえながら、また掛けてもいない眼鏡を上にあげた。

 大した妄想ストーリーだ、と思ったが説得力が凄い。

「超論理的じゃん」

「これ正解でしょ」

 渾身のドヤ顔をする友人に少しイラっとして、軽く平手打ちをした。

 

 

 それから、しばらくの間例のサラリーマンは黄色いネクタイを着けることはなかった。

 新たな変化といえば、左手薬指に銀の指輪がことくらいだ。

 

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黄色信号 青空邸 @Sky_blu

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