グーで殴れ!

 リンの琥珀色アンバーの瞳には確かに燃えるような怒りの炎が揺らいでいた。彼女の仏頂面、凍てついた表情筋の内には煮えたぎる激情が秘められていることを私は知っている。彼女は冷血でも感情が欠如しているのでもない。只々、不器用なのだ。彼女は言葉や表情ではなく、行動を持ってしか、自らの感情を表現できない。

「やめて、私は気にしてないから――」

 私はリンを制止しようとした。彼女の激情は時として、好ましくない形をとる。

「なに?文句があるなら――」

 リンはセレアの顔面を殴った。もちろん、グーでだ。私は生まれてこの方彼女がビンタをした所を見たことがない。彼女は半端な暴力は振るわない。やるときはやりきるのだ。徹底的に。

 セレアの鼻柱が折れ、パタタと鼻血が地面に飛び散った。

「えっ?」

 セレアは自分に起こったことに理解が追いつかないようで、自分の鼻に手を当てて呆然としていた。

 呆けているセレアなど関係なしに、リンはセレアの首元を左手で掴み、持ち上げた。あの細腕にこれほどの力があるのかと感心してしまうが、感心している場合ではない。

「もうやめて!」

「あ、あなた何を」

 セレアがやっと自分の身の危険を悟ったがもう遅い。リンはセレアの顔面をもう一度殴った。セレアの折れた鼻柱がさらにぐちゃりと潰れる音がして、鼻血の飛沫が飛び散った。あれでは、セレアの鼻はもうまっすぐには戻らないかもしれない。

「や、やめて」

 セレアが手をかざして、何とか身を守ろうともがいた。だが、リンは涙ぐましいセレアの防御など無視して、セレアの腕をかいくぐる様に、アッパーカットを食らわせた。

「…………!」

 セレアは顎に強い衝撃を受けた瞬間、声にならない呻き声をあげた。リンはセレアにもう一撃食らわせるべく、腕を振り上げた。

「ごめん……なさい!もう、ゆるして。おねがいだから」

 セレアは泣きながら、息も絶え絶えにリンへと許しを乞うた。

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