第13話 迷いと確信

 




【木村 冬眞・水鳥 麗 十三】


 水鳥麗は嫌な予感がした。

 いや、それは予感ではなく、麗の中ではもう確信だった。しかし、そんなことはないんだという自分への言い聞かせをしていた。

 それに、もしそうだったとしたら、なぜ私と彼の間になにがあったのだろう。

 麗の頭の中では思考が渦巻く。

 麗はただ傍聴に来ただけの傍聴人。そして冬眞は容疑者。何の接点もないはずなのに。どうしてその冬眞が……頭の中でぐるぐると麗はそんなことを考えていた。

 麗はずっと、その裁判を聞いていた。沢山メモに書いた。話を整理するために紙に証言や質問などを書きなぐっているが、しかしなにがなんだかわからないままだった。

 その裁判は午後の五時まで続いた。麗が法廷から出ると、もう友人と会うという約束など、京都まできておいてどうでもよくなっていた。京都地方裁判所を出た目の前に川が流れている。

 麗は頭を冷やすためにその川の橋の上で遠くに見えるビル群を眺めた。今日は曇天だ。今にも雨が降り出しそうだと麗は考える。


「なんだったの……」

「結局、行ったんですね」


 そう話しかけられ、麗は声のする方を見た。すると案の定とでもいうべきか、ラファエルがいた。

 マスクをしていて顔全体は見えないが、とても険しい顔をしているのは麗にも解る。


「……こっち、来て」


 麗は周りを見渡して、誰もいないことを確認するとラファエルに話しかけた。


「……双子とかではなければ、あなたは『木村 冬眞』って名前で合っている?」


 ラファエルは……木村冬眞は渋々と頭を縦に振った。罰の悪そうな顔をして。

 しかし、この人が木村冬眞でも、あの木村冬眞はおそらくこの世界の木村冬眞で、この目の前にいる彼は、未来、あるいは別の世界の木村冬眞なのだろう。麗は頭では理解していたが、心底混乱していた。

 麗はラファエルと話しているときに、統合失調症の気配なんて一切感じなかった。歳は双方同じくらいだ。そんなすぐに統合失調症は治ったりしない。それも強く感じる違和感の一つだ。

 薬を飲んできちんとした医療を受けて、それを続ける事でそれでやっと治ってくる。


「えーと……木村さん…………いや、木村君て呼ぶね」

「はい……」


 二人の間に重い空気が漂う。


「最初に言っておくけど……別にあの木村君とあなたが同じだろうが、違う次元の木村君だろうが、私は態度を変えたりしないから」

「私のこと……その、怖くないんですか?」


 心配そうに冬眞は麗の方を見て伺う。


「それって、人を殺してるからって意味?」

「……確かに殺しています。根本的に私と彼は同一人物です」


 普通、殺人犯が目の前にいたら誰しも恐ろしいという感情を持つものかもしれない。しかし、麗はそう知った後も全くそういった感情を持たなかった。


「んー、なんだろうね。……私、あなたでも、彼でも、どちらが目の前にいても怖くないよ」

「……なんでですか?」

「快楽殺人者じゃないと思うから」


 麗がそう言うと、冬眞は視線を逸らす。麗にはまるで、冬眞が泣きそうな顔をしているように見えた。

 麗はいつも冬眞がそんな顔をしていると


「これを知られたくなかったから、裁判所に行かせたくなかったの?」

「そうですね……」

「私に嫌われると思った?」

「……いえ、そうではないんですけど……麗さんは……その、優しすぎるので……」


 言葉を濁す冬眞を見て、麗はそのまま質問を続ける。


「察するに私と、木村君は知り合うんでしょう? じゃなかったら、あなたが私に会いに来ているのはおかしいもの」

「…………会いに、行かないでください」

「なんで?」

「麗さんが傷つくことになってしまいます」

「……よく分からないけど、でも私は会いに行くよ」


 麗がそう伝えると泣きそうな声で、尚且つ激情を纏い冬眞は麗に問う。


「どうしてですか!?」


 何故と問われても、麗はすぐに答えられなかった。そうすることが当然のことだと感じていたから。


「どうしてかな…………木村君が……こうして私に会いに来てくれるような、優しい人だって知っているからかな」


 冬眞は迷ってしまった。

 拘置所で孤独を感じていた自分に会いに来て、あまつさえ助けてくれると言った麗がどれほど心の支えになったか……。

 過去の自分を思い出すと、強く引き留めなければいけないのに、冬眞はその優しさにすがってしまいたかった。




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