終章

第54話 あなたの願い事、叶えてあげる

私は手元にある<夢>の欠片たちを、ぼんやりと見つめる。

今はもう、捨てられてしまった<夢>の欠片たち。

その<夢>はこの空へと帰り。

煌めく星々となって人々の中に還っていき、輝く新しい<夢>になるのだろう。


今まで、私達が出会ってきた人々の<夢>達の様に。

私はゆっくりとその<夢>達を思い返す。


―――


それは、一人の少年の願った英雄王の物語。



「アッシューーーーーーーーーーっ!!!」


「アッシュだー!」


「久しぶりー……」



俺はノエルに連れられるままに孤児院へとやって来ていた。

俺の顔を見るなり小さな少年達が俺に向かって攻撃を加えてくる。

その攻撃を軽くいなしながら、頭を撫でまわす。



「おう、ココにミンテにフリース。元気にしてたか?」


「元気も元気だぞっ!有り余ってるっ!」


「元気、元気ー!!!」


「うん、元気にしてた……」



少年達は、俺の言葉にそれぞれ元気そうに返事してくれる。

俺は王をしながらも、幾度となく血で血を洗う戦場に立ちながら。

この不自由な生活に苦しめられながらも。

それなりにのんびりと生きていた。

ノエルもノエルで不自由に苦しめながらも楽しく孤児院を経営している。


俺達はこの世界を生きている。

俺達はこの世界で必ず生き抜いてやる。

そして、いつの日か、必ず、あの少女にこう告げてやるのだ。

俺達の人生は、不自由なりに自由に生きてきたのだと。

それがいつしか俺の新しい<夢>になっていた。


―――


それは、ある少女が願ったあの日見た、朝に咲く物語。



まだ朝と呼ぶには早い時間。

私はいつもの場所で、いつもの着物を着て、空を見上げる。

そこにいたはずの少女を見つめるように。

その視界をひらりひらりと蝶々が舞っていく。

私の目の前で咲いている一輪の朝顔の上を舞い踊るように。


那直兄は相変わらずシスコンで。

この朝顔畑は一輪しか朝顔は咲かないけれど。

それだけで、私は幸せだった。



「今日も良い日だね。翼希」



空を見上げながら私は語り掛ける。

ぼんやりと空の上を見つめながら。

ゆっくりと、ゆっくりと。



「こらーーーーーーーっ!!!そこ、今何時だと思ってるのっ!!!!またそんな着物きてっ!!!!!」



はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。

相っ変わらず、空気読まない(読めない?)おっちゃんだなぁ……。

そう苦笑いしながら私は那直兄の待つ自宅へと駆けだした。

私達はずっと元気にやってるよ、翼希……。

そう心の中で呟きながら。


―――


それは、雪降る街の少女達のささやくように願った物語。



世界は春の陽気に包まれていた。

とりあえず、世界は経済を立て直すのに大忙しで。

今は戦争を起こす暇もない位にひっきりなしに動いている。

窓の外に視線を移すと。

ソリスは外で記憶を失った少年……フォンスと共に走り回って遊んでいる。

私はそんな二人の事を見つめながら、ゆっくりと服を編む。

あの白い羽の天使、翼希は今頃どうしているだろうか……。

無事に目的を果たすことができたのなら良いのだけど……。

キララがニャーと一鳴きして私の足元にすり寄ってくる。

そろそろお時間かな……。



「おーい、ニクスー、腹減ったー」


「ニクス、ご飯……」



遊び疲れた二人が部屋に入ってくると家の中は一気に騒がしくなる。

この世界は争いの火種は燻っているけれど。

私達は、それでも強く生きて行こう……。

三人と一匹で。

それが、この狂ってしまった世界に対する贖罪なのだと信じて。


―――


それは、ある精霊達の願った夏の日の向日葵の物語。



「彗夏ーーーーっ!彗夏ーーーーーーーーーっ!」


「あーー!もーーー!!うるさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!」



私はそう叫びながら寝転がっていた縁側で飛び起きて、麦わら帽子を取りに行く。

麦わら帽子を被った後、鏡の前に立ちながらポーズを決める。

うん。

今日も可愛い。

こんなに麦わら帽子が似合う女の子はそうそういないと思う。

そして私は外に飛び出すと、始と共に一年前に枯葉てたひまわり畑へと向かう。

そこに生まれた新しい命を感じる為に。

新しく生まれ変わったひまわり畑へと私達は駆けていく。

そして、その場所で私はまた、風に揺れるひまわりさん達と躍るのだ。

始と手を取り合って、ひまわりさん達と舞い踊る。

そんな楽しい日々を<夢>にみながら。


―――


それは、一人の少女の願った淡く切ない恋物語。



文を書く。

想いを綴る。

気持ちを乗せる。

そして宛名を書く。

朝になり、私は手紙を郵便ポストに投函する。


するとそれを見計らったかのように、郵便回収のお兄さんがやって来て。



「宛名、しっかりと書きましたか?」



そう問いかけてくる。

私は、そのいつもの質問に辟易しながら。

大きく一つため息をついて、こう告げる。



「そもそも。宛名、書いて欲しいなら、書いて欲しいって最初から言って欲しかったんですけど……」



そう、このお兄さんこそ、私の初恋の人。

私は宛名を書かずとも、初恋の人と言葉を交わしていたということだ。

お兄さんがあまりにも身長や顔が変わり過ぎていて全然気付かなかった。

私の<夢>は奪われる前から叶っていたのだ。


今まで書いてきた手紙の内容を思い返すと、顔から火が出るようなことを書いてしまっていたなと思う。

その内容も全て、お兄さんに読まれてしまっていたのだから。

実際今話をしていても体が火照ってくるのが分かる。



「すいません……。なかなか言いだせなくて……」


「はいはい……。それはもう良いですから。それじゃ、お返事待ってますよ。優しい優しい郵便屋さん」



私はそう言って学校へと駆けだした。

ひらりひらりと桜の舞い散る公園の前を通り抜けて。

真っ赤に火照る顔をうつ向かせながら。


―――


そして……。

それは、一人の普通の少女が願った……願いの物語。



私は一人、この青い空に舞い上がってくる諦められた<夢>達を見つめながら。

星々になっていく<夢>を見つめながら。

のんびりと、青い青い空の上で伸びをする。


まったく……。

何が、『キミは幸せになってね』なんだか……。

一人で<罪>を何もかも背負おうとしちゃってさ。

羽衣はなんでもかんでも背負いすぎなんだよ。

本当に。


私は『相変わらず』空の上でぼんやりと下界の様子を見つめていた。

決して、羽衣がミスをやらかして天使のままでいるわけではない。


私は、望んで……。

自分の意志で……。

ここに……。

この青い空の世界に残ることを選んだんだ。

それは、羽衣が『私が天使だったら良いのに』と願ったから、ここにいるんじゃない。

私自身が『私が天使だったら良いのに』と願って<夢>に見たから、ここにいるのだ。


下界を見つめると。

眠たそうな顔をして、歩が登校していく姿。

元気そうに仲良く歩いている、しおりと夢海の制服姿。

ぼさぼさの髪で母がゆっくりとトーストを焼いている姿を見つける。


歩達にはもう私の記憶はない。

そんなふうに世界を私が<創り>変えたから。

この世界の理(ことわり)を、私が全て<創り>変えたのだから。

だからもう私達が願いの回廊に囚われることもないのだ。


異世界の方に目をやると。

着物姿で、朝顔畑の中を必死に駆ける刹花の姿。

春の陽気の中、家の中で食卓を笑顔で囲むニクスとソリス達の姿。

照り付ける太陽の中、ひまわり畑の中を踊るように舞う彗夏達の姿。

桜の舞い散る中、顔を真っ赤にして学校へ向かう奏の姿。


そして……。



「ほーーーんと。今日も一日、平和だねぇ……」



私はこれからもこの場所で、こうして生きていく。

人々の営みを見つめながら。

人々の幸せそうな顔を見つめながら。

人々の願いを見つめながら。

人々の<夢>を見つめながら。

この<夢>達が輝く青い空の上で、生きていく。


空の上で一人きりは、ちょっと寂しいけれど。

それでも、この空の下に、羽衣という、『もう一人の私』がいると思えば、全然寂しくなんかない。

羽衣は、かけがえのない、『もう一人の私』、なのだから。

私はいつでも羽衣に会いに行くことだってできる。

私達はいつでも心を通わせることができる。

羽衣は私自身なのだから。


私は背中の真っ白な羽を大きく羽ばたかせて大空へと舞い上がる。

高く、高く、舞い上がる。

何処までも、高く、高く、舞い上がる。


星達の瞬く。

人々に還る日を待つ<夢>達が輝く、この大空へと舞い上がる。

そして、私はこう願うのだ。



「……この世界の……全ての世界の人々に祝福を……」


―――



カラン、コロン。



小気味のいい音が部屋に響き渡る。

部屋は薄暗く、辺り一面に星を模したインテリアが煌めいている。

羽衣は手元のティーカップに諦められた<夢>の欠片をいれながら、味を確かめる。



「……うん……甘すぎなくてちょうど良い味……」



我ながら本当によくできたと思う。

流石だね。

スプーンを取り出し、ゆっくりとお茶をすする。

そうこうしていると、扉が開き一人の少女がおずおずと部屋の中へと入ってくる。

羽衣は、不安そうな視線をおくってくる少女に、クスリと微笑みながらこう囁く。



「あなたの願い事、叶えてあげる」

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どんな願い事も叶えてあげる。~少女の紡ぐ人々の願い~ @imanao

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