第39話 "<夢>"

<夢>。

<夢>はうつろい、変わりゆく。

それは一番の<夢>でもそうだ。

その時々で、人々の一番の<夢>は変わっていく。


変わったことで諦められた<夢>は、<夢>の海へと帰っていく。

天高く、たゆたう<夢>の海へと。

そして<夢>の海から、再び人々の元へと新しい<夢>となって還っていく。

<夢>はそうして連なってきた。


しかし。

その<夢>をかすめ取っていくいくものが現れた。

その者の名前は、<小さな星>リトル・スター

<小さな星>リトル・スターは、その<夢>の海に帰るはずだった人々の<夢>をかすめ取っていった。


諦められた<夢>で溢れていた、<夢>の海は。

永遠に輝いていくはずだった<夢>の海は。

その輝きを失っていた……。


その少女はぼんやりと海を見つめていた。

この海から次第に失われていく、諦められた<夢>達を。

集めないと……。


その少女は海に潜り必死になって沈んでいる<夢>の欠片たちを探し出す。

探し出しては、<夢>の海に解き放っていく。


それでも。

その数は全然足りなくて。

下界の人々は次第に<夢>を失い始めていた。

下界の人々の顔は絶望に満ちていた。


けれど……。

それでも。

その中でも…一際輝く、虹色の<夢>の輝きが、この<夢>の世界から飛び去った。


その少女はその光景をただ見つめていた。

その<夢>が無事に叶いますように……と。


―――


扉が開く。

いつもの様に音もなく、<紅き黄昏>カーマイン・サンセットが入ってくる、

今日も私は、誰かの願いを叶えるのか……。

そう思いながら、小さなため息をつき、たずねる。

しかし<紅き黄昏>カーマイン・サンセットは意外な言葉を口にする。



「今日は願い主はいないよ」


「そう……」



そんな日もあるかと、私は思いながら集めた<夢>の欠片たちを見つめている。

赤い<夢>。

青い<夢>。

黄色い<夢>。

白い<夢>。

黒い<夢>。

様々な色をした<夢>の欠片たち。

私はそれをぼんやりと見つめていた。



「……今日叶えるのは、あなた自身の願い。そう……、機は熟したんだよ」



意外な言葉を<紅き黄昏>カーマイン・サンセットは紡ぐ。

私の……。

私自身の願い……?


私は……。

私の……私の願いは……。

私が何者なのか、知りたい……。

私は……。

私はいつからか、そう願うようになっていた。


私は……。

人々の願いに触れるたび。

人々の<夢>達に触れるたび、そう思うようになっていた。

だから、私は……。

記憶を失った、私の願いは……。



「私は、私が何者か知りたい。そう……。知りたいんだ……」



私の願いに応じて、私が集めてきた<夢>達が、光り、輝く。

赤い<夢>。

青い<夢>。

黄色い<夢>。

白い<夢>。

黒い<夢>。

様々な色をした<夢>の欠片たちが光り輝いていく。


そして……。

私の体はその光に包まれて。

私は、自分が何者なのかを、思い出した。

私が集めてきた様々な<夢>達を犠牲にして……。

私の大切な<夢>を犠牲にして……。


私の<夢>は……。

人々の願いを叶える"魔法使い"であり続ける事……。

その<夢>の欠片が、儚く、輝く。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットの目の前で、虹色に光り輝く。

私の<夢>をその手で掴み取りながら、<紅き黄昏>カーマイン・サンセットは大きな声で嗤う。



「やっと、やっと……。手に入れた……。これで、私の願いが叶うよ。今までありがとう、<小さな星>リトル・スター


「そう。よかったね。<紅き黄昏>カーマイン・サンセット……。いや……静空……」



私は……失われた記憶を取り戻した。

私は……羽衣は、羽衣だ。

羽衣は自分の願いを叶えた。

叶えてしまった。


"魔法使い"は"魔法使い"の願いを叶えられない。

それは世界の理(ことわり)だった。

羽衣は、世界の理(ことわり)を無視した願いを、叶えてしまった。

人々の<夢>達を犠牲にして、自らの願いを叶えてしまった。


あの日、羽衣の村が業火で焼かれた日の様に。

羽衣は、再び自らの願いを叶えてしまったのだ。

今度は人々の<夢>達を犠牲にして。



「静空は、羽衣の<夢>を使って何をするつもりなの?」


「これからは新しい"魔法使い"の世界だって言ったはずだと思うけど?分からないなら、それでいいよ」



静空はクスクスと羽衣のことを嘲笑いながらこう告げる。



「それじゃ、<小さな星>リトル・スター……。今まで、ありがとう。そして……、さようなら」



静空が私に手をかざすと、羽衣の意識は深い。

深い闇の中へと飲まれていった。


次に気が付いた時……。

私は見ず知らずの場所で。

降りやまぬ雨に打たれていた。

"魔法使い"としての全ての力だった<夢>を、静空に奪われて……。

何の力も使うこともできない、一人の無力な少女として……。

ただただ……降りやまぬ雨に打たれていた。

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