第九章 願いを叶える"魔法使い"

第38話 "願い"

私は、願いを叶え続けて生きてきた。

人々の一番の<夢>を代償にして生きてきた。


人々の一番の<夢>は、私の願いを叶えるのに必要だったから。

だから、<夢>を奪い続けて生きてきた。


それが、私に課せられた使命だと思ったから。

記憶を失っていた私に課せられた使命だと信じていたから。


けれど。

私の本当の願いってなんだろう?

私の記憶をとりもどすこと?

それとも別の何か?


そのことが、靄がかかったように思い出せない。

とても、何か大切なことを忘れているような気がした。

大切な、大切な、何かを。


私は、今日も願いを叶える。

紅い洋服の少女、<紅き黄昏>カーマイン・サンセットが連れてきた女の子の願いを無理やり叶える。

女の子の全ての<夢>を奪い去って。


そう。

私はその人の全ての<夢>を奪い去るようになっていた。


昨日も願いを叶えた。

その前の日も願いを叶えた。

その前の日も願いを叶えた。

その前の日も、その前の日も……。


だから、きっと。

明日も誰かの願いを叶える……。

明後日も、明々後日も……。

私は願いを、叶え続ける。

その人の全ての<夢>を奪いながら……。


私はある時、<紅き黄昏>カーマイン・サンセットに私の願いについて尋ねてみた。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットは嘲笑うかのようにこう答えた。

あなたの願いはもう叶っているのだと。

あなたはあなた自身の力で願いを叶えたのだと。


私の願いは叶っている?

私は疑問に思った。

私は、自分の願いを叶えた記憶はないのに。

そもそも私が人々の一番の<夢>を代償に、願いを叶え始めたきっかけは。

私の願いが叶わなかったからだ。

私は、自分の願いが叶わない事に絶望したはずだ。


私は<紅き黄昏>カーマイン・サンセットに言われるまま人々の全ての<夢>を奪ってきた。

それは私の願いを叶えるのに必要なことだと、教わった。

奪うのは一番の<夢>だけでは足りない。

全ての<夢>が必要なのだと。

それなのに、私の願いはもう叶っていると、<紅き黄昏>カーマイン・サンセットは言う。


私に記憶が無いのは、私の願いの代償なのだろうか。

分からない。

分からないけれど。


胸の奥がチクリとざわめく感覚がした。

私は、<紅き黄昏>カーマイン・サンセットに良いように利用されている。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットの願いを叶える為に。


しかし"魔法使い"は"魔法使い"の願いは叶えられない。

それは理(ことわり)であり真理のはずだ。

そのはずだ。


だから、私にも叶えられるはずがないのに。

何故、<紅き黄昏>カーマイン・サンセットは私に人々の全ての<夢>を奪わせるのか。

その理由は、私には分からない。


―――


もう少しだ。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットはほくそ笑む。

もう少しで<紅き黄昏>カーマイン・サンセットの願いが叶う。

あと一つ。

あともう一つ、大きな<夢>を手に入れることができたならば。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットの念願は成就する。


<小さな星>リトル・スターは自分の願いが叶わなくて絶望したと思っている。

けれど、それは仮初の記憶だ。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットが植え付けた仮初の記憶だ。

願いが叶わずに絶望を味わったのは、この<紅き黄昏>カーマイン・サンセットだ。


長い道のりだった。

本当に長い長い道のりだった。

深淵に飲まれて姿を消した<小さな星>リトル・スターは、自らの記憶を失っていた。


だから<紅き黄昏>カーマイン・サンセットは利用した。

記憶を失っていた<小さな星>リトル・スターに願い事を叶えさせる代わりに、人々の一番の<夢>を奪うことを覚えさせた。

そして、それから<小さな星>リトル・スターはたくさんの。

本当に数えきれないくらいの人々の願いを叶え続け。

数えきれないくらいの一番の<夢>を奪い続けた。

そして今度は人々の全ての<夢>を奪い続けている。


<紅き黄昏>カーマイン・サンセットはその光景が楽しくてしょうがなかった。

本来、真っ当な願いを叶える"魔法使い"は、見返りなんて求めない。

その人物の一番の<夢>なんて、求めやしない。

願いを叶える"魔法使い"は、純粋な願いだけを叶える存在。

その対価は人々が諦めた<夢>だった。

諦めた<夢>は、<夢>の海に還される。

それが願いを叶える"魔法使い"という存在のはずだった。


その理(ことわり)を<小さな星>リトル・スターは知らず知らずのうちに崩壊させてしまった。

真っ当だった願いを叶える"魔法使い"達は、英雄王アッシュ=グレイプニルの手によって処刑され。

この世に残った願いを叶える"魔法使い"は。<紅き黄昏>カーマイン・サンセット<小さな星>リトル・スターだけになってしまった。


けれど、そんなこと<紅き黄昏>カーマイン・サンセットにはどうでもよかった。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットの願いが叶うのならば、同族がどうなろうが関係ない。


<紅き黄昏>カーマイン・サンセットは求めていた。

最後の一つに相応しい<夢>を。

そして、その<夢>を手に入れた時こそ。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットの。

新しい"魔法使い"の世の中が始まるのだ。


けれど、その前に……やることが一つ。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットはその胸の高鳴りを、抑えることができなかった。

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