想い出復元マシンを破壊した話

@onoyoiti

想い出復元マシンを破壊した話

 古臭い畳の匂いが鼻腔をくすぐる。

 棚の上に積み重ねられた箱は埃が被っており、部屋の隅に置かれた姿見は白く濁りもはや立つものを鮮明にうつすことはない。


「おじいさま、今日はよいものを持ってきました」


 祖父が一人で暮らす和室とは不釣り合いな、薄紫のスーツケースから一つの機械を取り出す少女。


「いままでの人生でいちばん楽しい想い出を、頭の中に復元させてくれる機械のようです」


『好きな記憶を好きなときに。あのときの感情をもう一度』

 聞こえのよく魅力的な言葉(キャッチフレーズ)でよく売れた商品。

 しかし、常に仄暗い不安を抱えていまを生きる人間にとって、かつての記憶が河原の石より価値のないものだと、人々が気がついてからはきっぱりと売れず、開発元の企業はとっくの昔に倒産している。

 やがてそれは何人かの手を渡り、ジャンク品となって少女の元へ。


「こうしておじいさまの頭に装置をぽちぽちとつけるだけでよいみたいです」


 準備をしている最中、テレビはニュースを垂れ流し、アナウンサーは淡々と今日の出来事を伝え続ける。テレビ台の下にはアダルトDVDが置いてある。SMもののようだ。昔はわからなかったけど今はわかる。数年前から同じ位置にある気がする。見えなかったことにして近くにあった手拭いをさっと上に被せた。

 老人は少し考えたあと言った。


「なんの記憶か知らないが、わたしに戻しても意味はないだろう」

「どうしてですか、おじいさまが喜ぶと思って持ってきたのですよ」

「いっときの思い出に浸れても、覚めたらなにも残らないからだ。虚しくなるだけだ」

「一時的でも浸れたら楽しいのではないですか」

「いいや悲しくなるだけだ」

「では、この機械はつけないのです?」

「ああ、つけない」

「おじいさま。そこまで仰るなら分かりました」


老人は黙って頭についた装着を外した。


「そんなガラクタ捨ててしまえよ」


 お年寄りは昔の想い出に浸れば喜んでくれる。

 若いながらの無邪気で暴力的な考えだったろうか、少女は機械をスーツケースに収める。


「ではこれは持って帰りますね」


 少女は振る舞われたゼリー菓子を1つ2つ放り込む。昔からこの家に遊びにきたときはこの味だった。亡き祖母がよく買っていたお菓子。

 包み紙を捨てに台所に行くと、シンクには食器が何枚か転がっていたので、適当な洗剤をつけて洗う。スポンジはあまり泡立たなかった。


「そこまでしてくれなくてもいいのに」

「いいえ、だって来た意味がありませんもの。これぐらいやらせてください」

「すまないな、せっかく私のために用意してくれたのに」

「お気になさらないでください、おじいさま」


 祖父と別れ、家に機械を持ち帰った少女はしばらくそれを自分の棚の中に閉まっておこうと思ったが、もう使うことはないだろう。と工具で細かく分解して粗大ゴミとして捨てた。

 ゴミを回収するトラックを見送り、おじいさまはSとMどっちの趣味だったのかしら。と思いつつ、今度彼が食べたことのない料理でも作ってみようと台湾料理のレシピを検索した。

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