第23話女優
「いやー今日は楽しかったね!」
笑顔でそんなことを言う花道を見て、俺も微笑ましい気持ちになる。今日の偽デートはこれで終わりらしい。実際まだ1時間ほどしかしていないのだが、花道がクレーンゲームで有り金を全て使い切ってしまったので、今日のところは解散ということになった。
まあ当初思っていたよりは楽しかった。でもまた次の機会があったとしても、進んでいきたいかと問われると、はいとは言えない。楽しいという気持ちよりも、小高の友達に素顔がバレそうになったこととか色々とあり、神経がすり減った。
というか今更だが、
もしかしたら近くにいたりして……。ゾワっと身の毛がよだち、俺は花道の耳元に顔を近づける。
「ねぇ……今もまだ花道さんの元カレっている?」
そんなことを聞くと、花道はスーッと目をそらした。
「え……あー……奥谷さんのこと? い、今は姿が見当たらないし、もう帰っちゃったんじゃない?」
なんだか焦っている気がする。もしかして嘘とか……? なわけないか。嘘をつく理由がないもんな。俺は心の中で元カレがいないことを確信すると、ほっと一息つく。
「よかった。それじゃあ花道さん、また明日」
そう言って花道に手を振って帰ろうとした時。
「待って!」
一際大きな声で、花道が俺のことを呼び止めた。少しビクッとなり、ゆっくりと後ろを振り向く。
「どうしたの?」
「あの……ちょっとだけ時間いい?」
そう言い残すと、花道はデパートの出口に向かって歩いていく。一体なんなんだ?
その時、俺は先ほど一瞬だけ脳裏によぎったことを思い出す。実は昨日の元カレは「デートしろ」なんて一言も言ってなくて、本当は元カレが不審がっているという大義名分を立てて、俺とデートしたいだけなんじゃないか……。
そんなことを一瞬だけ思っていた。でも今の俺は花道から好かれる要素なんて一つもないし、花道との関わりなんてほとんどなかった。
だからあり得ない話だと決めつけていたが、この状況はもしかして……。そんな不安を感じながら、俺は花道の後をついていく。花道はデパートを後にすると、そこから少し離れたベンチまで歩いていく。そしてそこに座ると。
「菊池くんも座ってよ」
なんていい、ポンポンとベンチを叩いている。もしかして俺は告られるのか?
こんな真昼間の時間に、俺は……。
このインキャフォルムで告白されるのは初めてだ。どうやって答えよう。もちろん振るのは確定している。こんな素顔を隠している状況で付き合えるわけがない。
でも泣かれたらどうしよう……。頼むからクラスのやつには言いふらさないでほしい……。そんなことを思いながら、ぽすっとベンチに座る。
「あの……菊池くん」
「は、はい……」
「実は私……」
く、くる! ゴクリと喉を鳴らし、俺は構える。
「女優になりたいの!」
「ごめんなさい!」
「「え?」」
ハモった。いや、本当に、何がどうなってんだ? 俺は今から花道に告白されるんじゃなかったのか? もしかして全部俺の勘違い? え? こんな恥ずかしいことある? 頼むから俺の顔を見ないでくれ。
俺は今どんな顔をしているかわからないが、とりあえず顔面に熱湯をぶっかけられたのではないかというぐらい顔が熱い。
このまま放置したら火傷してしまうのではないかと思うほど、顔中暑くて仕方ない。俺はさっと花道から顔を反らすと。
「え、え……と、女優? になりたいの?」
なんて聞く。それまで俺にいきなり謝罪された花道はぽかーんと呆けていたが、我に帰ったようにハッとすると、話の続きをしだした。
「う、うん。実は私には小さい頃憧れて尊敬していた女優さんが居たんだけどね。私もその人みたいに、キラキラした舞台に出たいって思ってずっと女優を目指してるんだ」
「へー自分の夢があるってすごいじゃん。それで、どうして僕にそれを?」
俺は思ったことを口にする。どうして俺に将来の夢なんか話してきたのだろう?
俺に女優のなり方を教わりたいってわけでもないだろうし……。そんな疑問を花道にぶつけると、彼女は俺の考えていなかった返答をしてきた。
「そ、それでこの話を菊池くんにしたわけなんだけどね……。その……私って女優になれると思う?」
知らねーよ。そんな言葉が思わず口から出そうになる。なぜ俺に聞く。それこそ元カレに聞けよ。俺は花道のことなんて全く詳しくないし、花道に女優の才能があるかなんてわからない。
まじで聞く相手を間違っている。百歩譲って俺が元子役と知っていて聞いたのならわかるのだが、それを知らない状態で俺に聞くのはまじで意味がわからん。
それでも花道は、真剣な眼差しで俺の顔をじーっと見続けている。これはどう返事をするべきか……。
考えた末、俺は無難な返しをすることにした。
「えっと、花道さんならなれるんじゃないかな? いつもみんなのリーダー的役割をしてるし、勉強も得意だから演技だってすぐできるようになるんじゃない?」
なんて答えると、花道は少しだけ寂しそうな笑みを浮かべると。
「そ、そう……だよね! ありがとう、自信ついた」
なんて言って、笑っている。その笑みを見て俺は。彼女がなんて言って欲しかったのか少しだけわかった気がする。
「ごめん、今の適当言った」
「え?」
俺は言葉を訂正するように、花道にそう言う。
多分今日俺をデートに誘ったのも、女優としての練習なんだ。昨日の彼氏の件とか関係なしに、俺に今日のデートの感想を求めているんじゃないか?
自分は彼女として、あなたを楽しませることができていたか。自分は女優として、視聴者を楽しませることができるか。そういう客観的意見を聞きたいんじゃないか?
でも俺のことを練習台として利用したことをバレたら怒らせると思っているから、彼女はこんな遠回しに質問してきたんだ。
今日の俺は冴えてるな。並大抵の人間じゃ花道の意図をつかむことができなかっただろう。
俺はじっと、深く目元までかかった髪越しに花道の目をみる。
「確かに花道さんの演技力は悪くないと思う。本当の彼女のように演じてくれたし、可愛くて理想の彼女だと思う。でもそれだとただ演じてるだけって言うか、演じるだけなら誰にでもできるからさ……。
売れてる人って何かその人の強みみたいなのを持ってるんだよね。でもそれって一朝一夕じゃ手に入らない力だし、花道さんはまだまだ伸び代もあるからこれから練習して花道さんなりの強みを手に入れることができれば、きっと誰もが絶賛する名女優になれると思う……」
なんてことを長々と話すと、花道はツーっと涙を流していた。
「え!? ご、ごめん。僕変なこと言った?」
焦りながらあたふたと無駄な動きをしていると、花道は袖で涙を拭う。
「いや、こっちこそいきなり泣いてごめん。ただ、初めてちゃんと向き合ってもらった気がして……気づいたら涙が流れてた」
それから花道はすっと立ち上がると。
「よし、決めた。これからもっと本気出す。今まで私に足りなかったのは自信だ。だから通ってるスクールの人たちみんなをギャフンと言わせられる演技をしてやる。それでいつか事務所にスカウトされる! それが当面の目標だ」
誰に言うでもなく、一人、花道はその決意を言葉にする。そして俺の方を振り向くと。
「ありがとう菊池くん。君とデートできてよかった!」
満面の笑みでそう言って、花道は手を振って帰っていった。そう言われて、俺も気分が良くなる。俺には彼女の夢を陰ながら応援することしかできない。でも力になれることがあったら、俺は彼女の力になりたい。そう思ってしまうほど、花道の最後の笑顔に魅了されていた。
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