第10話罰ゲーム

 朝の日差しによって目を覚ます。いつもならもっと早く起きるはずなのに、昨日の疲れが抜けきっていないのか普段よりも長く寝てしまった。時計を確認すると針は7時50分を指している。最悪の朝だ。もう少ししたらいつも家を出る時間になる。

 でも今の俺は何も準備していない。飯を食ってる時間は……ないな。

 慌てて制服に着替えると、その後すぐさま洗面所に向かい歯を磨き髭を剃り、俺の素顔を隠してくれるスーパアイテムを装着する。そうこうしているうちに、いつも俺が出て行く時間になる。昼飯を抜いたおかげでいつも通りの時間には登校できそうだ。

 なんて思い、安心して家のドアノブをひねろうとした時だった……。グギュルルルと俺の腹はいきなり音をたて、溢れ出る便意が俺を襲った。俺は掴んでいたドアノブから手を離すと、速攻で便所に向かう。なんだっていきなり便意が襲ってくる!?

 昨日の夕食が原因か? まずい……このままじゃ遅刻する。早く治ってくれ。渾身の俺の願いも虚しく、俺は十分以上も腹痛と戦っていた。完全に遅刻だ。でもまだ大丈夫。遅刻と言ってもまだ1時間目には間に合う。1時間目は教室での授業だから、少しぐらい遅れても間に合うはず。

 そう……今の俺には学校にできるだけ遅れないようにするという考えしかなかった。だから朝飯を抜いていたことも、昼食を買うのも忘れてしまった。俺はあの後も信号に捕まったり、カラスの糞を制服につけられたりと散々な目にあいつつも、なんとか学校に登校することができた。しかし今日は俺にとって厄日らしく、まだまだ俺の身には悪いことが続いた。

 まずさっきカラスに付けられた糞が取れない。白い糞はこん色のブレザーと相性が悪く、とてもよく目立つ。まあこれは脱げばいっかとカバンの中にブレザーをしまったのだが、今日に限って生徒指導の先生に見つかり無理やりブレザーを着させられた。そしてブレザーを着ると、当然のように糞のことがバレる。


「なんだこの白いシミは?」


 生徒指導の先生にそう質問され必死に誤魔化そうと思ったのだが、「カラスの糞です」以外の回答が思いつかなかった。だって白いシミなんて普通つかないだろ。今にして思えば白のペンキですとか答えておけばよかったのだが、その時の俺は脳内が糞のことでいっぱいだったため、糞以外の答えが出せなかった。

 しかも正直に答えると先生は大笑いするし、他の生徒からは奇異な目で見られるし、本当に散々だった。そしてその後の授業においても、俺の災厄は止むことを知らなかった。

 朝は長いこと便所にこもり、しかも朝飯を抜いてきた。つまり俺の腹から腸の中はすっからかんの状態だ。こうなると体が栄養を欲して、腹がうめき声をあげる。

 終始鳴り続ける腹の音のせいで、羞恥心で死にたくなる。いくら腹を抑えてもその音が止むことはなく、俺にとっては一種の拷問といっても過言ではなかった。本当に厄日だ。今さっきも4時間目が終わり購買に向かったら財布の中に28円しかなかったから何も買えなかったし、本当にいいことが一つもない。

 でもこんなのはまだ優しい方だったと、のちの俺は知ることになる。飯もなく、かといって携帯もすることがなく、ぬぼーっと外を眺めているとある一人の女子生徒が声をかけてきた。


「ねぇ、クソインキャ。ちょっといい?」


 そんな失礼極まりない呼び方をしてくるのは誰だと、声のした方に顔を向けると俺は絶句した。ピンクの長髪に目立つ蝶の髪留め……。俺がこの世で一番関わりたくない人間であり、俺が最も嫌いな人間だ。

 

「小高……めぐみ……」


 思わずその名を口にしてしまう。


「な、何か用かな?」


 なるべく穏便に済ませるため、優しい口調で要件をきくが……。


「うるさい。とりあえず今日の放課後買い物付き合ってくれない? 友達との罰ゲームであんたと買い物することになっちゃってさー」


 はぁ? コイツの発言一つ一つが俺を不快にさせる。つくづく俺のかんに障るやつだ。なんで俺がお前の罰ゲームに付き合ってやんなきゃいけないんだよ。本来なら速攻断るところなのだが、ここで断って逆上でもされたらめんどくさいことになる。とりあえず「わかった」とだけ返す。


「そう? じゃあ荷物持ちよろしく」


 小高はそう言うと、俺の前から姿を消した。もちろん俺はそんな罰ゲームに付き合う気はなく、放課後になったら速攻帰ろうと考えていた。そして放課後になり、帰りのホームルームが終わると俺はすぐさま下駄箱に向かった。

 いつもより少しだけ速い歩行速度で、下駄箱まで進んでいく。下駄箱で靴に履き替え、自転車に乗ることができれば俺のミッションは完了。後は明日適当に「ごめん、急に用事が入っちゃってー」とかいっとけば大丈夫だろ。

 もう下駄箱は目と鼻の先。すぐに上履きを脱いで、力強く靴を握る。よし、これで帰れる……。なんて思った時だった……。 

 俺が靴を握ったと同時ぐらいに、誰かが俺の首根っこをがしりと掴む。俺の首根っこを掴んでいる生徒は走ってきたのか、ゼェゼェと息を切らしている。そしてその生徒は、俺の首から手を離さずに。


「ちょっとあんた……。逃げるとかいい度胸じゃん」


 なんて声をかけてきた。あ、終わった。自分の死期を察した俺は、ガクッと肩の力が抜けて持っていた靴を落とす。そして若干涙目になりつつ。


「ご、ごめんなさい」


 と謝罪した。




















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