第8話 晩御飯は焼き肉。

 時刻は午後八時。今から晩御飯。ダイニングキッチンで焼き肉。


 美希さんはメイド服から短パンとタンクトップに着替えた。肉の脂がはねてメイド服につくのを避けるためとの事。


 下着はつけていない。なぜ分かるかって? タンクトップごしでも分かる二つの小さな突起物があるからね。


 くうぅぅ。思春期の男の子には刺激が強すぎるぅぅぅ。


 俺の隣に美希さん。正面にかあちゃん。そのかあちゃんは缶ビールをプシュと開けてゴクゴクと飲んだ。


「くぅぅぅ。仕事あとのビール最高! さっ、食べよ。今日は大奮発して最高級A5ランクの黒毛和牛だよ」


 机にはホットプレートとお肉に野菜。取り皿に焼き肉のタレに白ご飯。あと飲み物にお箸。


「かあちゃん今日のお肉は凄いね」


「でしょでしょ」


 かあちゃんは嬉しい事があると必ず焼き肉をする。最高級の黒毛和牛なんて初。食べた事ないよ。美希さんが来た事が余程嬉しいと思われる。


 何故だろ? なぜ美希さんの事を気に入ったの? 初対面なのになぁ。


「あの……私、このお肉食べられません……」 


 悲しそうに言う美希さん。用意している時から暗かったけど何故?


「ん? どうして? 美希ちゃんはお肉アレルギー?」


 かあちゃんが美希さんに聞く。


「いえ、アレルギーはないです。お肉は食べたいけど、一度でもこんなお高いお肉食べたら……もとの生活に戻った時に支障が出そうで……」


 悲しそうな美希さん。


「そっか。なら戻らなければいいじゃない」


「えっ?」


 かあちゃんの言葉に美希さんは驚いている。


「一護、あなたが美希さんを連れてきたわよね?」


「うん。そうです」


「じゃあ責任とって美希さんを一生面倒みなさい」


「はい? 一生面倒みなさい? ——って、なに言ってんの! 俺は高校生! 面倒みるとか出来るわけないじゃん!」


「そ、そうですよ。それに私は雇われたメイドです。一護君の人生に迷惑かけられません。そんなの家族になるって事じゃないですか」


 チラチラと俺を見る美希さん。


「これだからお子様は。変なプライドがあるから面倒くさいのよね。素直に『はいっ』て言えばいのに」


 いやいや。プライドとかじゃないと思うよ。意味が分からない。かあちゃんはたまに、いや、よくぶっ飛んだ事を言う人だけど、今回はぶっ飛びすぎだ。


「一護、美希さんはなぜ今ここにいるの?」


「それは俺が無理矢理連れてきたから」


「だよね。ソレは美希さんの人生に介入したと言う事。人生を大きく変えるほどの事をあなたはしたの。分かる?」


「それは分かるけど……」


「じゃあ、美希さんに今後なにかあったら簡単にバイバイするの? それは人としてしてはダメ。お母さんはそんなろくでなしに育てた覚えはありません」


「だから一生面倒みれと?」


「そう。金銭的な事で言ったんじゃないの。美希さんの心の支え、拠り所になりなさいと言ったの。一護にはその責任があるのよ」


 かあちゃんの言ってる事はなんとなく分かる、分かるけど、肝心の美希さんがどう思っているのかしだいじゃないかな?


「美希さん」


「は、はい」


 美希さんはかあちゃんの話が突然過ぎてオロオロしている。


「あなたは何故一護について来たの? 誰かに頼りたかったのよね? 誰でも良かったの?」


 美希さんはまた俺をチラチラ見ている。そしてかあちゃんを見た。


「あの、誰でもよかった訳ではないです……。一週間前に一護君から話しかけられてお弁当貰って優しい人だなって思って……」


 お弁当あげただけで優しい人って……美希さん、ちょろくないですか?


「それからすべて失った今日、公園にいたら一護君に声をかけられて……最初は逃げましたけど、ピンチの時に現れてくれる一護君になら頼っていいのかなと思って……」


 かあちゃんは美希さんの話を聞きながら、俺を見てニヤニヤしている。


「ほほう。一護は正義のヒーローだ。美希さん限定のね」


「かあちゃん何言ってるの? 俺は普通の高校生ですが?」


「まぁまぁ。ちなみに一護は彼女か好きな人はいるの? それ聞くの忘れてた。美希さんも彼氏や好きな人はいないの?」


「おい、ちょっと待て。かあちゃんそれを聞いてどうする」


 かあちゃんはため息をついた。


「ドロドロの人間関係は超絶面倒くさいじゃない。もしそんな人がいたらぶった斬らないとね。はい。どうなの? 嘘はダメよ」


「ぶった斬たぎるって物騒な事を……。俺は彼女はいないって、かあちゃん知ってるだろ? 好きな人は……」


 俺は美希さんを見た。美希さんと目が合う。『えっ?』みたいな顔になってる。


「俺は好きな人はいない」


「だよね〜。さすがマザコン」


「ちげーよ。美希さん違うからね。かあちゃんの事は大切な存在だけど、俺はマザコンじゃないからね」


 かあちゃんはビールをグビグビ飲み、俺を見てニヤニヤしている。なんなの?


「はい。次は美希ちゃん」


「あの、美希さん。答えなくてもいいからね。かあちゃんの酒のつまみになるだけだからね」


 美希さんはニコッと微笑んだ。


「私に彼氏はいません。生きる事で精一杯でしたから。だから友達もいません。好きな人もいません」


 ふと思う。何故美希さんは一人で苦労してきたんだろう。友達を作れば少しは違ったかもしれないのに……。


「じゃあ二人とも何も問題ないね。一護は美希さんの心の拠り所に、美希さんは一護を心の拠り所にしなさい」


「ま、まぁ。美希さんがそれで良ければ俺は構わないけど……」


「私も一護君が良ければ……」


「おっけ〜。いや〜若いって良いね。お母さんは感動した。さっ、お肉食べよ。うっまいよ〜」


 俺のかあちゃんはお馬鹿で能天気。振り回されてばっかりだ。だけどたまに思う。演技じゃないのかと。自分を犠牲にして周りを助けているんじゃないのかと。


「ふっふっふっ。可愛い娘っ子が欲しかったんだよね〜。一護はイケメンになっちゃうし。つまんないのよ〜。可愛い男の子に育って欲しかったのよね〜」


 ……前言撤回。かあちゃんは阿呆だ。

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