願いをさえずる鳥のうた

獄舍

 お父様が、道端でさえずっていた鳥を拾ってきた。

 綺麗な毛並みの鳥だった。普段はとても良いエサを食べていたのだろう。健康的で毛ヅヤが良く、広いケージの中に閉じ込めた後も、美しい声でさえずり続けていた。


「あなたたちは狂ってる! 政府の強権は労働者たちを縛り付けているのよ!

 彼らが倒れれば、次はあなたたちの番になるわ!」


 革命の志をどこかで植え付けられたその鳥は、細いおとがいに力を入れ、かん高い声を上げて、さえずり続ける。


 珍しい種類の鳥だ。ここがどこなのか、分かっていないのだろうか。

 薄絹一枚も羽織っていないのに、こんなに元気なメスの鳥は珍しい。明るく長い毛を振り乱し、強い光を瞳に宿して、毅然としたままケージの中に立っていた。


「お父様、その鳥は何?」


「カレンか。これは街頭演説をしていた者だ。今どき珍しいが……見目麗しい。

 民衆の同情を引き出すために、反政府勢力に仕立て上げられた者かもしれんな」


 鳥を連行してケージに繋ぎ、国章を付けた帽子を脱いだお父様が、優しく私に教えてくださった。どこかお疲れの様子だ。ここに入れば鳥なのに、以前の呼び方をなさってしまっている。


 ここは思想矯正施設。人としての尊厳を失わせてから、正しい人にする為の施設。政治犯であり、人でないと認定された者は、この獄舎に入ってくる。


 私は女性用牢獄の監守を任されていたのだけど、収監した人たちを全て送り出して、今ではすっかり暇を持て余していた。先ほど久しぶりに新しい鳥が連行されてきたとの報告を受けて、慌てて家から飛んできてしまったぐらい、酷く退屈していた。


「この鳥を調教すればいいの? ゆっくり相手をしてもいい?」


「ああ、好きにしなさい。お前に任せる。心を入れ替えてやれ」


 私たちの会話を聞いていた鳥が、また元気に歌いだした。


「狂った禿頭め! 子どもを阿呆にする洗脳教育もしているの!?」


 鳥のさえずりを聞いたお父様は、額に手を当てて思案げにしている。


「喉を潰しておくか? この金切り声を聞いていると、お前も嫌になるだろう?」


「いいえ。大丈夫です、お父様。やりがいのある調教のようで、心が躍ります」


 鉄の警棒を持ち、鳥の喉を打ち据えようとしていたお父様を止めた。とても綺麗な歌声なのに、もう聞けなくなってしまうのは困る。


 お父様の手から鉄棒を受け取り、鳥の肝臓を狙って突き込んだ。美しい造形を整えていた体の一部が、強く捻じり曲がっていく。声も上げられず、苦悶の表情に変わっていく鳥の顔を見つめる。まなじりが歪み、光る涙を貯めていった。


「ぐっ……ぎぃぃ……っ!」


 静かになってもらうために、少し悶絶してもらった。白い肌に、丸い青あざが残る。これから出来るかぎり、この痕を触ってあげよう。


 私の最初の調教を見守って下さったお父様は、微笑を浮かべて立ち去って行った。

 お父様を見送った私は、鳥の方を見て、怖がらせないように笑顔を見せてあげた。


「ねぇ、あなたに新しい名前を付けてあげる。最初のケージに入った子だから、エーコって呼んであげる。これから仲良くしましょうね?」


 声が出なくなってしまったエーコは、うつむきながらも強い視線を向けてくれた。睨みつけてくれているみたい。

 これから諦めず強くさえずってくれるだろうと思える、綺麗で力強い視線だった。今後も良い声で鳴いてくれる鳥になりそう。とても楽しみ。


 *


「あいつらは国の金で刑務所を作った! 学校も同じ!

 愛の代わりに憎しみを植えつける教育をしているのよ!

 あなたはそれに気づいてないだけ、だから勇気を出して戦いましょう!?」


 準備を整え、良い声でさえずり続けるエーコの調教をしてお迎えする事にした。

 ケージのカギを開けて中に入ってみると、また明るい鳴き声が聞こえてきた。


「わかってくれたの? ありがとう……共にあの狂った禿頭どもを叩き伏せよう」


 勝手に飛び立たないように、鳥の足には緩くヒモを結んでいる。ケージの中では自由に動けるようにしてあるから、私に飛び掛かってくる鳥もよくいるのだけれど、エーコはただ口を開いて語り掛けてくる。行儀が良いのに頭が悪い、珍しい鳥だ。


 小さなテーブルと椅子を設置して、持ってきた温かいスープを乗せて食事を用意した。エーコは嬉しそうに椅子に止まって、ついばむようにスープを飲んでいく。それを見て、私は軽く痕を撫でて笑ってあげた。


「しっかり飲んで。元気を出して、私のやる事をしっかりと見ていて」


 エーコは笑顔で食事をしてくれているが、痕を触られた時にだけ、少し体が硬直した。柔らかくて暖かい肉がゆるく震えている。痛みに耐性は付いているようだが、本能までは壊れていないようだ。


 まずは悪いことをした時に罰を与えることで、体で覚えるようにしつけましょう。


 火をおこすための薪をケージの中に持ち込んでいく。いろいろな事ができるように広く整えられた籠の中。その隅の方に薪を積み上げていく。

 今日は煙を使うつもりは無いから、青い空が四角く見える窓の方角に薪を積んだ。白リンの石を投げ入れて薪に着火する。香辛料のような匂いが薄く漂ってきた。


「炎で施設を破壊するのね? 協力するわよ」


 エーコは笑顔で夢物語をさえずり続けている。この思想を破壊しましょう。エーコが動かないように、持ち込んだロープで手際よく椅子に縛り付けていく。

 とぼけた顔をしているエーコが動かないようにしっかりと縛る。刻印の付いた長い鉄棒を持ち込み、テーブルを蹴倒して棒を乗せ。火の上とエーコの痕に接触するように設置した。


「動かないで? そのうち嫌でも動く事になるけど、それまで動かないで?」


「何をするの? こんな事して遊んでちゃ駄目! 早く離して!」


 ガタガタと椅子を揺らして動き出した。とても頭が悪い鳥のようだ。

 言いつけを破ったので、ゆらゆらと動く、長い毛のひと房をナイフで切り取った。手に取って、よく観察してみる。


「良い毛なみ。とても幸せに生きていた香りがする。まずはこれを燃やしましょう」


 鉄棒の、火に近いほうに毛を軽く縛り付ける。熱の伝わり方が分かりやすいように、エーコに近い方に向けて順々に縛っていく。その間にも、加熱された鉄棒が火の方向から徐々に赤く染まっていく。焼きごて用の鉄棒だ。熱の伝わりは早い。


「鉄の棒とナイフなんかで遊んじゃいけないわ。もうやめなさい!」


 ありえない願いを聴くことは出来ない。放置して、ただ赤く染まっていく鉄棒を眺める。ポツポツと、縛った髪が赤く燃え落ちていく。


「政府万歳って、鳴いてみて? そうしたら、やめてあげる」


 口先だけでも問題ない。ただそれを鳴き続けるようにすればいいだけだから。特に期待せず、エーコの声を確認する。


「自由政府万歳! 現政府を打倒して、あなたがこんな事をしない国にしないと!」


 エーコは枷に嵌まらないと、明るい鳴き声でさえずった。こうでないといけない。こんなつまらない事で終わってほしくない。私はうっとりと、その綺麗な言葉を聴きながら、しっかりと痕が残るように鉄棒の位置を調整して、その時を待った。


 ロウソクに火が点くように、縛った髪が順番に燃えていく。革命の唄を歌うエーコを祝福するように、炎に焼かれる踊りをみせながら、最後に縛り付けた髪が燃えて尽きた。エーコが暴れないように、柔らかく温かい体を後ろから抱き締めて、さえずってくれる時を待つ。


「聞いて! 私の言葉を! 偽物の神を信じさせる政府を疑って!?

 こんな物を持たせる連中より、こんな熱さより信じられる言葉を――あ゙あ゙っ!」


 本当に、焼けるような熱さ。毛先まで熱くなったエーコの体をぎゅっと抱いて、焦げていく匂いを嗅いで、耳をつんざく鳴き声を聴いた。

 じゅうぶんにエーコの熱さを感じてから、骨まで焼いてしまわないように、椅子を離す。痛みに微動するエーコの白い体には、新しい名前を示す記号が焼きつけられていた。


「今までの事は全部忘れて? あなたはエーコ。それだけ覚えて、全部忘れてね」


 汗の噴き出る体を拭いてやり、最初の記号が付いた痕を撫でてやる。言葉にならない声をさえずるその鳥は、まだ熱を失っていない瞳を私に向けてくれた。良いお迎えができたみたい。意識を私に、ずっと向けていてほしい。


 *


 車輪の付いた療養椅子に乗るエーコの元に向かった。


「……この身を引き裂かれても、車椅子の上からでも言葉の弓を引き続ける。

 どんなに長い年月がかかっても、あなたを説得してみせる」


 体を引き裂くつもりはないのだけれど、少しだけエーコの爪を手入れしてからは、椅子に乗って、少し怯えた気配を漂わせて私を出迎えるようになってくれた。


 エーコの爪先には、細い鉄針を入れた時の、赤黒い爪化粧の痕がまだ残っている。立つと爪が痛むから、椅子に止まり続けてくれているみたい。それでも自由を求める翼は折れていないと主張するように、エーコは綺麗な声でさえずってくれている。


「エーコはうたうのが好きね。私も聴くのが好き。だから、ずっと聴かせていてね」


 長く調教したいから、エーコの体を壊さないよう気を付けて、少しずつ削っている。簡単に終わる毒や薬を使わず、できるだけ長持ちするように飼っている。

 今日はどうしてあげようか。そう悩みながらも笑っていると、エーコが急に椅子から落ちて、なきだした。


「やっと教えてくれた……あなたは聴いてくれていた。自覚してくれていた……」


 珍しく、エーコが体制批判以外の言葉を鳴いていた。転んじゃって、もう壊れたのかな。残念に思っていると、また気が触れたようにさえずりだした。


「教えてあげる。私で最後。不用意に捕まる馬鹿なレジスタンスはもういない。

 私は更生された女性の中で、最も長く拘留された人に近くなるよう仕込まれた。

 あなたの好きな言葉は、私が死ねば、もう二度と聴くことはできない」


 エーコは口元が裂くように醜く歪ませて、私の目を見てさえずり続ける。


「これは呪い。あなたが好きな鳥は二度と来ない。ずっと退屈して生きていく。

 だから、もしもあなたが楽しみたいのなら、ここに人を入れて鳥を作りなさい。

 そうすれば、あなたはずっと楽しく生きられる。それに気付く事を、私は願う」


 気が触れた言葉をさえずるエーコを眺めていると、彼女はバネのように跳ね起き、私の持っているナイフを素早く盗み取って後退した。

 ありえない動きに驚き、脱獄するのかと警戒していると、エーコはけたたましく笑いながら、自分の痕を抉るようにナイフで突き刺した。


 何度も何度も自傷しながら革命万歳と叫び、体を赤く染めて倒れ伏して、最後に喉を斬り裂いて動かなくなった。

 私はどうしようかと悩みながら、倒れたエーコのそばに伏して、楽しそうな彼女の顔を近くで眺めた。


 ずっとエーコを眺めていると、いつの間にか、お父様がいつの間にかケージの中に入ってきて、私の体を揺さぶっていた。

 いつになっても帰ってこない私を心配して、駆け付けてくれたようだ。

 何があったのかと問いかける人の声に答えず、悩みを解決してみるために、その腰に付けている鉄の棒に手を伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

願いをさえずる鳥のうた @suiside

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ