青春と記憶

春ノ夜

第1話

「私、記憶障害なの」


高校2年生の夏、唐突に言われた。


「私、記憶障害なの」

「いやなんで2回言った」

「大事なことだからよ」

「ドッキリかなんか?」

「私がそんな性格悪いことをすると思う?」

「いや、お前が記憶障害である確率よりはドッキリの確率の方が高いかなっと」

「残念ながら事実よ」


と言うことらしい


「で?」

「で?とは?」

「質問を質問で返すな...。記憶障害であることを俺に教えてどうする気だ?」

「ただ教えておきたかっただけよ。まぁ欲を言えば明日からの夏休み期間だけでも、私に付き合ってくれると嬉しいわね」


そう、明日から全生徒待望の夏休みだ。俺らが所属している文芸部は、夏休み期間活動が一切ないため、このタイミングでのカミングアウトだったのだろう。


「まぁ特になんの予定もないから、別にかまわんが」


と言うと彼女は、少し嬉しそうに


「なら決まりね」


と言いながら、カバンの中から1冊のノートを取り出した。


「これは?」

「記憶が消えるまでにやっておきたいこと、行きたいところの一覧よ」


俺は彼女からノートを受け取り、中を見る。

そこにはやりたいこと、行きたいところ一覧が隙間なくかかれていた。


「カラオケ、ボウリング、枕投げ、プリクラ、美術館、遊園地、動物園…多いな」

「仕方がないでしょう。今まで全然遊んでこなかったから、やりたいことばかりが増えていったんだもの」


俺もそんな外で遊ぶ方ではないから、意外と俺もやってみたいことも書かれていた。

しかし、ここである一つの問題があった。


「俺、そんなに金ねぇから付き合えることにも限度があるぞ」

「安心していいわ。誘ったのは私よ。夏休み遊ぶ分くらいはあるわ」

「いやいや。流石に女子に全部出してもらう訳にはいかないだろ」

「私が出すと言っているんだから別にいいじゃない」


俺がちっぽけなプライドを守ろうと、抵抗を試みるも


「私が出すの!しつこい男は嫌われるわよ」


と言われたので、潔く


「わかったよ。ありがたく奢られるわ」

「どういたしまして。じゃあさっそくだけど明日の午前9時に学校集合ね」

「何すんだ?」

「明日まで内緒」

「了解」


夏休みだけど明日は早起きしなくちゃな、なんて考えながら家に帰った。




翌日の8時半。少し早かったかなと思いながら学校に向かうと、もうすでに彼女が校門にいた。

少し駆け足で移動し、校門に着くと彼女も僕に気付いた。


「あら、早かったわね」

「俺より早く来たやつに言われたくないな。結構早く来たつもりだったけど、お前は何時にき来たんだ?」

「ついさっき着いたばかりよ」

「本当は?」

「8時くらいかしら」

「30分も待ったのかよ。待たせて悪かったな」

「私が勝手に早く来ただけよ。あなたが謝ることじゃないわ」


確かに時間より前だし、俺が悪いわけではないだろう


「でも、待たせちゃったのは事実だからな。謝るぐ

らいはするさ」


と言うと彼女はおかしなものを見るように俺をみてから


「まぁいいわ。それじゃ行くわよ」

「行くってどこに?」

「今日はカラオケよ」



カラオケは徒歩5分圏内にある。特に会話もなくカラオケに着いた。

カラオケでは2人で共通の知っている歌がなかった為、各自で好きな曲を歌いまくった。昼食もカラオケで、ロシアン唐揚げなどを食べたり、ジュースをミックスさせまくって飲んだりして、18時くらいまでカラオケにいた。



別の日には、遊園地に行ってジェットコースターに乗ったり、メリーゴーランドに乗ったりした。

お化け屋敷に入った時、彼女は最初余裕ぶっていたけれど、後半に連れて涙目だった。そんな彼女を見て笑ったら、般若のような顔になったから速攻謝った。けどその顔が、可愛かった。次はボウリング場に行こうと決めて別れた。



また別の日。彼女はボウリング場に行くと言う約束を忘れてしまっていた。俺は彼女の記憶障害が進んでいることを現実として突きつけられた。約束を思い出したフリをしてくれた彼女と、ボウリング場に行き、ジュースを賭けて勝負をした。最後に彼女が連続ストライクをとって逆転された。その時の笑顔はとても印象的だった。今度は遊園地に行く約束をした。



また別の日。彼女は俺の名前を忘れていた。涙が自然と流れてきたから、顔を背けて涙を拭いた。彼女に泣き顔を見せたくなかった。約束はメモに書いていたらしく、2人で幼稚園に行った。どの順番で見たらいいのか分からず、彼女が見たい動物だけ見て、お揃いのストラップを買って別れた。



また別の日。彼女は校門に来なかった。9時、10時、11時...19時になっても彼女は来なかった。



ある日の朝7時。彼女から電話がかかってきた。今日は記憶があるらしい。いつものように午前9時に学校に集合と言われた。


夏休み初日のように8時半に学校に向かうと、こちらも初日のように彼女が既に校門にいた。


「やっぱり早いわね」

「そっちもな」


彼女は覚悟を決めたような顔で俺を見ると


「今まで付き合ってくれてありがとう」


と言った


「まだ夏休みは終わってないぞ?」

「もう、いいのよ...」


そう言った彼女の目に涙が溢れていた。

彼女はかすれた声で


「これから先はもう、遊んでも何も覚えれない。

遊んでもなんの意味もないのよ」

「お前が覚えれなくても、俺が覚えているよ」

「もう...君に迷惑をかけたくない...!」

「俺は迷惑なんて思ってないよ」

「嘘よ!」

「嘘じゃない」

「嘘!」

「嘘じゃないよ」


子供が駄々をこねるように彼女は言う。

俺はそれを諭すように言い続ける。


「どうして...!どうして迷惑じゃないなんて言えるの!」

「お前が好きだから、かな?」


彼女は驚いたように顔を上げて僕を見た。その目は信じられないものを見るような目をしていた。


「好き...?こんな私が?」

「あぁ」

「嘘じゃない...?」

「こんな嘘、俺がつくと思うか?」

「ううん。思わない...けど」

「けど?」

「信じられなくて...」


まだ信じていない彼女。そんな彼女に俺は問いた。


「お前は俺のこと好きか?」


彼女は沈黙する。俺はもう一度問いた。


「お前は俺のこと好きか?」

「...はい」


小さい声であったが確かに返事があった。


「私は...君が大好きです!」


彼女は大きな声で俺に大好きと言ってくれた。

しかしそのあとすぐに、


「でも...、明日にはこのことを忘れているかもしれないって考えると恐い」


と、弱気な発言をする。

そんな彼女に俺は


「安心しろって。お前が俺のことを忘れても、夏休みのことを忘れても、俺が何度でもお前に教えてやるから。この最高に楽しかった夏休みの思い出と、俺がお前を好きだってことをな」




夏休みが終わった学校には彼女の姿はなかった。

学校が終わった後、俺は彼女の家を訪ねた。

インターフォンを鳴らすと、すぐにドアが開いた。


「あら、いらっしゃい。今日も来てくれたのね」


彼女のお母さんが対応してくれた。ほとんど毎日のようにきている僕をめんどくさそうにあしらったりしない。少し嬉しい。


「あの子は起きてると思うわ」


家の中に入れてもらい彼女の部屋へと向かう。

俺は彼女の部屋の前までは躊躇いもなくいけるが、

毎回彼女の部屋の扉のドラノブを回そうとすると手が止まる。

しかしその心の制止を振り切って扉を開ける。

ベッドで上半身だけ起こしていた彼女と目が合う。

彼女は僕を見て、


「どちら様ですか?」


と言った。

毎回のことだがこの瞬間は慣れない。慣れてはいけないと思う。

訝しげに俺を見る彼女に俺は話す


夏休みに起こった僕と君だけの青春の1ページの話を









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青春と記憶 春ノ夜 @tokinoyo

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