第13話 空きスペース②「意識」

 昼休みは終わり、授業が始まる。


 嬉しいことに、五時限目は数学。

 淡々と問題を解かされるだけで、なかよし系の拷問はない。

 理系科目らしい効率的な授業方法だと思う。歴史を始めとする他の教科も見習うべきだ。


 先生は「後ろに回せー」と言いながらそれぞれの列の一番前の席の生徒にプリントを配布する。


 俺の前に座る西沢くんが無造作にプリントを回してきた。

 俺はそれを受け取り、二枚のうちの一枚を後ろの席の奴に渡す。


「ありがと、圭」


「おう菜々」


 …………。


「……いや誰!?」


「菜々だよ」


「それは知ってますけども! なんで当然のようにここにいるんだ!? お前別クラスだろ!」


「担任に気分転換って言ったらOKしてもらえた」


 オイオイ……担任も適当すぎだろ……。

 まあ……別に俺としてはどっちでもいいんだが。


  ◇ ◆ ◇


「ゆえに、ここの値が——」


 ……それにしても、なかよし拷問がないとそれはそれで退屈だな。

 物凄く眠い——


 ——キーンコーンカーンコーン……。


 とか思っていた矢先に授業が終わった。

 ナイスタイミングだ。


 起立と礼と気をつけをして、少し喉が渇いたのでペットボトルの麦茶を飲む。


「ところで……菜々。結局、なんでここにいるんだ?」


 俺はなぜか後ろの席に座る非クラスメイトに聞いた。


 すると、菜々は大きく息を吸い込み、決心したようにそれを吐く。


「——だって…………す……好きだか……ら」


「……は?」


 好きというのには種類がある。

 一つはいわゆる恋愛。

 自分とはまったく違う環境で育った別の人間に、惚れ、ずっと一緒にいたいと思うこと。


 二つ目は、家族愛や友情、そして趣味への愛。

 惚れ込むワケではないけど、自分の人生の中で大きな役割を果たすものに対する愛情。


 菜々はその後者を俺に告げたのでは? と一瞬考える。


 しかし、この真剣な表情。染まった頬。そしてタイミング。

 どう見ても、恋する乙女とか、その類にしか思えない。


「それは……告白なのか?」


「うん」


 肯定、か。


「…………え? なんで? 俺のどこにいい要素があるんだ?」


 率直にそう感じた。

 側から見た俺って、葵というアルコールを塗りたくった爆弾を持ち抱えているのに、話しかけても得することはないしこれは勘違いだが宗教勧誘もしてくる最悪な人間では?


 菜々はそう思ってないかもしれないけど、そんなに優しくて真面目なハンサムボーイとは例え世界がひっくり返ったとしても言えることじゃない。


「だいたい、きっかけもなにもなくないか? 俺ってお前に特別凄い優しくしたこととかあった?」


「きっかけとか、そういうのじゃない。本能、直感。圭と一緒にいると、楽しい。好きだ、って思う」


 …………本能と、直感。

 どうなんだろう。


 俺も大して恋愛経験が豊富ではないが、たしかに。

 少なくとも、誰だって小学生や中学生のときは、そういう風に恋をするのだろう。

 実際、俺もそんな感じだった。


 しかし、高校生はどうなのか。

 高校一年生なんて、中学生に追加でちょっぴり毛が生えた程度の存在なのかもしれないが、そうであっても俺は——そんな動物的な恋の行く末が、素晴らしいものになるとは思えなかった。


 菜々はこんな具合に胸以外の成長が小五で止まっているような奴だから、恋の仕方も幼いのではないか?


「好きになって、どうしたいんだ?」


 これも気になる。

 小中学生の「好き」は、やれキスしたいだのやれヤりたいだの、そういう計画性のカケラもない感情だと思う。


「わたしは…………今以上に、圭と一緒にいたい。付き合いたい。結婚。子作り。奈落の底まで愛し合いたい」


 ……お、重いな。

 だったらこれは本当に——本物の「好き」なのか……?


 と、いうか。

 ——「交際」の向こう側には、「結婚」や「子供」が待っているんだな。

 俺は、それが分かっていなかった。


 ただ一つ、ハッキリと断言できるのは——それらは、高校生なんかには到底理解不可能な、難しい案件だ、ということ。


 もちろん、目の前の少女とお付き合いすることに関しての嫌悪感は微塵もない。

 なにせ、こんなに可愛いから。家族は……癖こそ強いけど、決して悪い人たちじゃない。


 ——でも…………。


「——俺には……若々しい恋の先の、結婚とか家庭とか、そんな現実的なことは、パッとしないんだ。……だからその…………ごめん」


「…………そっか」


 菜々は基本無表情だが、今だけは、溜まりに溜まった涙を絶対に流さまいと奮闘しているのが窺える。

 そして——差し止める隙もなく……教室から逃げるように出ていってしまった。


 俺は……どうしようもない不甲斐なさに、立ち尽くした。


  ◇ ◆ ◇


「——ファ!?」


 俺は、自分の机に突っ伏していた。


「圭、起きた?」


「え、菜々? お前なんで教室にいるんだ? 今、泣きながら外に出てったよな……?」


「うんう。別に? …………ところで、圭——」


「いやいや絶対おかしいって。今お前が告白して俺が夢もヘッタクレもない現実的なこと考えちゃってフッて絶交状態になりかけて……」


「……え? …………でも、そっか…………フるんだ」


「は?」


「別に。なんでもない」


「そうか。……でも、夢だったのか。それはそれで、なんかアレだな……」


「アレとは?」


「アレだ」


「理解」


  ◇ ◆ ◇


 六時間目も、当然のように菜々は俺のクラスで出席した。

 なかよし連合軍の軍曹である英語教師も、彼女に対して文句一つ言わない。

 俺が思ってたよりもウチの高校は治安がよくないらしい。


「圭。放課後、予定ある?」


「お見舞い(ニッコリ)」


「そう……」

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