第14話 邂逅でなき再びの出逢い

あの出来事から3日。人生で何度目の週明けを迎えただろうか、月曜日がやって来た。

土曜は川崎駅周辺に理愛華と出掛けて、日曜はG1、菊花賞きっかしょうが波乱の結末となり馬券予想がボロ負けし、そして、水曜以来の大学登校となった。


勝幸「流星、8文字以上縛りでしりとりしようぜ」

流星「いいよ〜じゃあ"り"からな。リープフラウミルヒ」

勝幸「アル中かよお前」


風葉との一連の出来事があったが、それは俺の友人には関係ない。というより、巻き込ませたくない。

だから、こうやって下らない会話をするような、いつも通りの日常が今週も始まるだけだ。


流星「そういやお前、なんで木金って続けて休んでたんだ?」


しかし、やはりこのように詮索せんさくしようとする人も何人かいる。俺も決して友達が少ない方ではない上に、昔から学校を休む事が少なかったので、気になった奴らも一定数はいるのだ。

だが、そう簡単に教えられる事ではない。はぐらかすしかすべがない。


勝幸「言っただろ?止むを得ない急用だって」

流星「それが知りたいんだがなぁ……まぁ、無理に言わせたりはしないけど」


そう言って、流星はカラカラと軽く笑う。

幼馴染なだけあって、事細かな話を掘り起こしはしない方が良い事を理解してくれている。

そこら辺に関しては、こいつはとてもいい奴だ。



昼過ぎ、講義を聞き終えて、帰る準備をする俺に向かって流星が話し掛けて来た。


流星「帰り際に、ラーメン屋寄ろうぜ」

勝幸「まぁ構わないぞ」

流星「その後お前の家でゲームするぞ」

勝幸「まぁ……構わねぇ…………」


誘いを受けて、俺は友人と時々行く、小さなラーメン屋に向かった。

店に入り、カウンターへと向かう。

メニューを見て、俺は今回気になった塩豚骨ラーメンを注文した。そして、店長の威勢のいい了承の返事を聞くと、競馬が知らない人には分からないであろう、日曜の予想の反省会が始まった。


流星「だから雨の日はデイタイムナップ産駒を買っとけと言ったのにねぇ」

勝幸「デイタイムナップって自身は短距離で強かった馬なのに、その子供が長距離の菊花賞で来るなんて想像するかよ……」

流星「まぁそうだが、あの馬体を見たか?過去最高レベルで調子良くて、体全体がピカピカしてたぞ」

勝幸「始めから眼中になかった馬の体なんて見ないわ」

流星「見る目が無いねぇ〜」

勝幸「あぁ……面倒くせぇ……‼︎」


こんな感じで、穴馬の馬券をちょびっと買ったら当たった流星の、煽り混じりの話を聞き続けて数分。


店長「あいよ〜‼︎大盛り塩豚骨1つだよ〜」

勝幸「あ、どうも」


注文のラーメンが来た。

艶のある黄色の細麺に、じっくりと熟成されたチャーシュー、そして工夫された豚骨スープが、俺の食欲をそそる。

反省会を止めて、手を合わせる。

麺をすすり、チャーシューを口に放り込み、水を飲んでスッキリする。

食べ続けて数分。俺は惜しみながらも最後の一口を食べた。


勝幸「ごちそうさま」


とても美味かった。そこまで飽きやすい味でもないし、毎日食べていたい位だ。


そんな事を考えていると、ふと風葉の事を思い出した。

もしも、俺がもう暫く保護し続けていたら……毎日料理を振る舞っていたのだろうか。得意らしいから、きっと俺よりも断然に上手なんだろう。

あいつは今、しっかりとやれているだろうか。和解して、やるべき事を見つけて、より良い方向へと進んでいるのだろうか。

俺が介入すべきではないのは分かっているが、何となく心配ではある。


流星「どうした。表情がイマイチ冴えてないが」


ふと、俺の方を向いて、流星が問い掛ける。

どうやら顔に出てしまってたみたいだ。


勝幸「あ、いや…………」

流星「何か困ってるなら話は聞くぞ」

勝幸「…………」


風葉の件は確かに心配な事だ。でも、そこに俺が深く入り込むべきではないし、全く接触すらもない他人の介入なんて以ての外。

俺は外から静観しておくべき存在だ。でも何となく心配で、お節介だとしても一緒にいて、見守っておきたい。

行き場のない、風葉に対する、護りたいという想いが強まる。その想いをどこかに放ちたい。誰かと共有したい。

そんな馬鹿みたいな葛藤が、そんな勝手な想いが、変な方向へと走る。

まぁそそのかす程度の話ならいいだろう、と俺の浅はかな心底が呟く。


勝幸「もしもよ……人生に行き詰まった女の子がいてさ…………」


共に、言葉が流れ出る。

俺の舌は止まらない。言葉を完全にき止める力はなかった。


勝幸「そいつに対して…………一緒にいてやりたい、守ってやりたい……なんて思うのは、当然なのかな………………」


言ったばかりの言葉に後悔を覚えながら、コップの冷水を注ぎ込む。

落ち着きを取り戻して、恐る恐ると横を向く。

すると、流星は呆れる様な表情で俺を見ていた。


流星「なんだ、もう理愛華と結婚でもすんのか?」

勝幸「へっ⁉︎し、しないよ‼︎」


突然の発言に戸惑いを隠せず、思わず大きな声を出してしまった。


勝幸(やべっ‼︎)


元々の店内がそこそこの五月蠅うるささではある分目立ちはしなかったが、少し恥ずかしい。


流星「理愛華と結婚するか迷ってるのかと思った」

勝幸「まだ早いっつうの……」

流星「確かに考えてみりゃ、理愛華が人生に行き詰まってる感じはないな」


俺は思わず溜息をつく。

流星は相変わらず呆れた様子だったが、コップの水を飲み干すと、ふと体の向きを変えて俺の方を見る。


流星「まぁ、何の話かは分からないけど、親しい奴が行き詰まってたら、何とかしてやりたいって思うのは普通じゃないかな」


流星はそう言った。穏やかな声で、優しい表情で。

時折見せる流星のそんな表情。それはきっと、心に偽りなく言った言葉の証。こいつに対する俺の信用だ。

そんな事を考えていた時、ふと真剣な表情に変わって、流星は口を開く。


流星「それとも……お前、まだレーツェルの事………………ってんのか…………?」

勝幸「………………‼︎」



≪≫


ラーメンを食べ終わると、自転車で家まで向かった。

俺の家から大学までは自転車で30分程度で着くので、運動も兼ねて基本的に毎日自転車で向かっているのだ。

そして、流星の家は俺の家からおよそ10分と近くにある。なので、よく一緒に行き帰りする事が多い。


家に着くと、俺は流星とゲームで勝負を始めた。

静かな部屋に、BGMとカチカチという音だけが鳴る。瞬時の判断を繰り返し、止まる事なくコントローラーのボタンを押す。

左、下、右、下、右、A、A、下、L、A、左、下……………

コンマ数秒で押し続ける。それでいて、たった一度のミスが命取りになる。


流星「はいはいまだ攻撃するよ〜」

勝幸「取り敢えずこれで相殺そうさい……」

流星「ほれ‼︎これで終わりだな」

勝幸「しまった‼︎TetrisしてからT-spinしとけば良かったぁ‼︎」


因みに流星は強い。ミスが少ないから純粋な実力とテクニックで押し切るしか無い。

だが、今回は無理だった。


勝幸「また負けたか……」

流星「戦術が甘いな」

勝幸「くっ…………もう1戦‼︎」


俺はもう一度コントローラーを強く握った。



かなりの数を対戦をしたが、恐らく俺の負け越しだろう。

ゲームを終えて、俺と流星は漫画を開いていた。流星は暇を持て余したように、床に寝転がって読んでいる。


流星「この辺のストーリーのまとめ方が上手いよなぁ」

勝幸「あぁそこ?確かにね。前の巻で地味に伏線張りまくってるんだよな」

流星「この辺アニメじゃやらないんだろ?残念だな」

勝幸「まぁ、1クールじゃ厳しそうだもんなぁ……」


今期アニメ化している好きな漫画について語り合う。

オタク、と言う程ではないが、俺は毎クール辺り3〜4作品を見る程度のライトなアニメ、漫画好きだ。

因みにそのきっかけは、中学生の頃、流星とスーパーに行ってた時に、こいつが週刊少年誌の立ち読みを毎回の様にしていたところに影響された事だった。

そしてアニメにも興味が出て、ここ暫くはどちらかの家に行った時に、その時のクールのアニメについて語り合う、というパターンがお決まりだ。

俺は立ち上がると、その話題の漫画のある巻を本棚から取り出した。


勝幸「俺は個人的に、この巻の話と絵が好きなんだよね」

流星「あれ、その巻どの辺の話だっけ?」

勝幸「ほら、あの…………」


ふと、その時。


ピンポーン


流星「宅急便か?」

勝幸「見てくるわ。待っててくれ」


インターホンが鳴ったのを聞いて、俺はモニターの方に向かう。映っている人影を確認して、取り敢えず解錠しようと思った瞬間。


その姿に、目を疑った。


勝幸(………………は?)


思わず二度見してしまった。

驚きの感情で一杯になり、頭が混乱する。しかし、手を震わせながらも、俺はエントランスの自動ドアを開ける。

何故だ。

どうして、こんな所にいるんだ。

お前は、一体………………


部屋の玄関前のインターホンが鳴る。ロックを外し、玄関のドアを開けて、向かいに立つ姿を見る。

そこにいたのは、気不味きまずそうな表情で俯く、まだあどけなさの残っている、一人の少女。青とも緑とも言えるライトカラーのプルオーバーパーカーを着て、下にはグレーのワイドパンツを履いている。大人びようと頑張ったけど子供らしさが残ってしまったような、何とも言えないバランスの服装だ。

しかし、機能性やラフさを感じない事からして、以前のような状況ではなさそうだ。

ふと、その少女が、斜め上を向いて俺の目を見る。そこでようやく、俺は口を開く事が出来た。



勝幸「風葉…………お前、一体どうしたんだ………………?」



俺は少女の名前を呼ぶ。

その声を聞くと、その少女───中津川風葉───は再び目線を落とした。


流星「お、おい……勝幸…………」


気になって様子を見に来たのだろうか、背後から流星の驚きの声が聞こえる。しかし、俺は振り向かずに、風葉に目線を合わせる。

何か、複雑な表情をしている。言葉が詰まって、言い出せないのか。

ふと、唇に僅かな隙間が生まれる。

数秒の空白にピリオドを打って、絞り出すように、それでいて淡々と、風葉はたった一つ、本当にたった一つの事実を伝えた。



風葉「親が………………離婚した」

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