第7話 中根家の団欒。
「母上、兄上(信長)が酷いのです」
「何かありましたか?」
「無茶苦茶な要求ばかりを上げてくるのです。この前も常備兵を1,000人にしたいという無茶を聞いたばかりですよ」
「常備兵を増やすのは賛成ではなかったのですか?」
「モノには順序というモノがあります」
「魯よ。お前がそれを言うか!」
「
「で、本音はどうなのだ」
「俺のゆったりする時間を返せ!」
「ははは、信長様に遊びの時間を取られて拗ねておるのだな!」
「俺には大切なことです」
「今が山場、少しは働いてやれ!」
「まだ、始まっていません。本当の山場は(今川)
「ほほほ、信長様は生真面目な方ですからね」
「腹も八分がいいように、肩も八分くらいがよいのです」
「魯兄上のあれだ!」
「うん、魯兄上のあれです!」
「あれ!」
「「もっとぐうたらしたい」」
「ちたい」
ははは、弟らと妹が声を合わせて俺の座右の銘を言うと食卓に大きな笑いが起こった。
中根南城では俺の提案で家族揃って食事をするのが普通になってきた。
この時代、家族に団欒という習慣がない。
だから、無理矢理に作ることにした。
養父(
付き人や従者は隣の間を使って交代で食事をさせている。
焼き肉、すき焼き、うどん鍋、湯豆腐、おでんが普通に出るようになるまで苦労した。
最初は家族でも食事は別々だった。
しかも行儀よく、1つのお膳に分けられていた。
そんな中世の常識という幻想はぶち壊した。
家族仲良くと言うならば食事からだ。
次の課題は『たまご』だった。
ニワトリは神鳥だ。
そのニワトリを飼って増やすことまで成功し、怪我人や病人に不老長寿の薬だと言って食させた。
祈祷をすれば、卵や肉を食っても
次の課題は日常で使わせることだ。
何と言っても卵が使えないとケーキとか作れない。
誰か風邪を引いたらケーキを作ってみよう。
おすそ分けで誘惑する。
ふふふ、少しずつ常識を崩してゆく。
物思いにふけっていると、
「常備兵はそれほど厄介なものなのか?」
「おまえも黒鍬衆を持っておるし、他の城主にも番衆を進めているだろう」
「義兄、黒鍬衆と常備兵はまったく違います。黒鍬衆や番衆は労働力です。田畑を耕す事もあれば、狩りもします。しかし、常備兵は完全な武装集団なのです。余剰財力以上に保有すれば、家が倒れてしまいます」
番衆とは互助会ガードマンみたいなものだ。
1つの田畑や仕事を8人組で構成し、六曜を8人で回す。
すると、必ず一人が警備の日、もう一人が訓練の日となる。
負担を8人で分割し、『イザぁ鎌倉』の警備隊で見回りをさせている。
もちろん、これにも条件がある。
農機具を鉄製などにして作業効率を上げる必要がある。
余暇を産むことで実現する。
「300の常備兵を勧めたのはおまえだと聞いたぞ」
「熱田からの上納金を考えれば、300の常備兵を持っても問題ありません。兄上(信長)は気に入ったのはいいのですが、いきなり1,000人にしろとか言うのです。残りの銭をどこから調達するのですか? 欲しいから用意しろとか、子供ですか!」
「魯は断ったのですよね」
「はい、母上。事情を説明して遠回しにお断りしました」
一ヶ月に掛かる人件費や足軽長屋などの建設費、家族を持つ者も出てくるから生活環境と教育などの追加費用がどれだけ掛かるかを淡々と聞かせてやった。
判ったと納得したと思うと『条件を言え!』と言われた。
かなり無茶な条件を言った。
「このうつけめ! よくもそれだけ、言ってくれたな!」
こう言わせたから断ると思ったが、「認めてやる。準備しろ!」と言い返してきたのだ。
嘘だろ!
俺は慌てた。
何度も確認した。
やりたくない、やりたくない、絶対にそんな仕事はやりたくなかった。
『
天に向かって叫びたい気持ちで一杯になったよ。
「で、今日は何の用事だったのだ?」
「前回の条件の1つに国友の鍛冶師を召喚して欲しいと願ったのです」
「国友?」
「近江の国友はかなりの数の鉄砲を生産しておりますが、織田家に余り回してくれないのです」
「織田家というか、おまえの鉄砲鍛冶師を持っていただろう」
「来年中に300丁を用意しろとか無理ですよ」
我が家の鍛冶師が鉄砲を完成させた。
苦労したが、国友よりかなり性能がいい奴だ。
でも、鉄砲鍛冶を増やすのはこれからだ。
全部、兄上に献上する訳にはいかない。
しかも、それでは間に合わない。
だから、国友だ。
生産力は国友の方が上なのだ。
「だが、それは無茶と叫んでいた理由になるまい。何を言われたのだ?」
「追加で仕事を言われたのです」
「それは?」
「足軽長屋を早く作れとのことです。勝手に雇って城内が手狭になって不便だそうです」
「信長様はやることが早いからな!」
「こっちにも予定があるのです。俺を殺す気ですか?」
「そんな訳があるまい」
「ならば、俺を働かせて、自分が楽をしたいのですね!」
「魯兄上と一緒だ!」
「俺と兄上(信長)は違うぞ。俺は心底、寝て遊んで暮らしたいのだ。人の人生は短い、やりたいこともせずに一生を終わるなど、生まれてきた意味がないぞ」
「何か、いい事を言っているように聞こえるが、ぐうたらしたいとしか聞こえんぞ」
「それのどこがいけませんか!」
「いかんわ!」
「どこがですか。とにかく俺を働かせて、兄上(信長)は自分が楽をしたいのです」
「生真面目な信長様に限って、そんなことはないと思うわ」
「母上は騙されております。母上は美人ですから気を引きたいだけなのです」
「まぁ、もう年よ」
「いやぁ、ここに嫁いで来た頃と変わらぬ。美しいままだ」
「まぁ、殿。お世辞がお巧い」
前妻が亡くなり、後妻として入った母上だが夫婦仲は良く、喜蔵と新左衛門と里も産まれている。
まだまだ産まれるかもしれない。
「
「承知しております。中根家が取り潰されるようなことには致しません」
「よろしく頼む」
「お願いね!」
「母上を泣かせません」
「ふふふ、ありがとう」
色々と愚痴を言っているが許してくれているのは、兄上(信長)の心が広いからだ。
多少、悪口を言ってもお咎めを受けることはない。
それは俺の知っていた信長とは全然違う。
信長のイメージは『鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす』が有名だ。
言葉にすると、革命児、天才、独創的、天下布武、能力主義、斬新な戦術、厳しいひと、残忍、人を信じない、傲慢、権威を無視する、独裁者という感じだろうか。
まとめれば、直ぐにカッとなる、気分屋、天罰を恐れない、裏切り者は皆殺し、逆らう者も皆殺しと言う俺様的『第六天魔王』の化身だ。
気分屋で短気なのは認めるが、人の意見は聞くし、権威には人一倍忠誠心が熱い。
信友が
仮の話でも、守護様を殺すなど言ってはならないそうだ。
律儀というか、融通が利かない。
病気などで困った村人がいると餅や薬を上げて助けている。
「安易に物を上げるものではございません」
俺がそう言うと怒った顔で言い返す。
ホント、すぐに怒るよな!
あれは心臓に悪いから止めて欲しい。
「お主も助けておるのであろう。何故、儂を責める。言っていることとやっていることが違うではないか?」
「人を助けたいなら枠組みから変えないと駄目です。一人を助けて満足するのは偽善です」
「屁理屈だ。お前は熱田の民を助けても、他の土地の民は助けないのか?」
「手が届かないなら助けません」
「偽善者はお前だ」
詰まらぬことで言い合いをしてしまった。
兄上(信長)は基本的に善人なのだ。
人をすぐに信じるし、裏切り者も命を助け、逆らう者も許してしまう。
負けず嫌いで傲慢な所があるので誤解される。
一番の原因は舌足らずだ。
言葉を尽くして説明するのが苦手なのだ。
あれは損をするタイプだ。
俺の母上が信長の口下手ぶりをよく知っている。
「信長様はね。鴨や鯉を取って来て、前に差し出して『やる』としか言わないのよ。熱を出せば、薬草を取って来てくれる。でも、やはり『やる』としか言わないのよ」
ふふふ、兄上(信長)の話をする母上はいつも楽しそうだ。
どこがいいのか!
プライドが高いのか、遜ったしゃべり方ができない。
手紙の文章も真面目だ。
気の利いた口説き文句なんて言えないのではないか?
「魯はその点で心配はないわね」
「6歳の稚児にその必要ありません」
「ふふふ、そうね」
また、兄上(信長)は神仏を信じない訳でもない。
龍がいると言う湖の水を全部抜いて、龍がいるか確かめたこともあるらしい。
ただ、言葉を鵜呑みにしないのだ。
神は信じても、神が人を助けたことはない。
つまり、神は人を罰しないし、助けもしないと思っている。
俺も同じだ。
でも、言い方はオブラートに包んでくれ!
俺は熱田の神官だぞ。
さて、今日も疲れた。
鉄砲鍛冶との交渉より、その後の兄上(信長)の質問の方がもっと疲れた。
化学式を教えても判る訳もないのに教えろとか言う。
理解できないと怒り出す。
参ったよ。
小学校の理科から教え直してやるか?
平和だったらありだろうな。
ともかく、6歳の体では体力が続かん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます