第5話 海棠アームズ

 迷宮を出て、何となく振り返る。

 この迷宮があるのは、元は駅ビルがあった所だ。入り口はそのまんま迷宮の入り口になり、分厚いガラスの両開きのドアは外されている。

 迷宮化はある日突然起こり、外部から見た大きさと内部の実際の大きさは釣り合わない。ここも、買い物客などに賑わっていた頃のフロアをまるで無視して廊下や部屋ができており、地上は5階まで、地下は現在36階まで確認されているが、その先はわからない。地上の5階部分は「チュートリアル」とでも言えそうな内容で、新人の訓練やレジャー半分のストレス発散に使われている。

 この見かけは駅ビルの迷宮を覆うように門が設置され、自衛隊が常時しっかりと、侵入者や溢れ出す魔物がいない事をチェックしている。

 迷宮入り口から数メートル離れた所には改札のようなところがあり、探索者はここで、入る時と出る時に免許証を見せる決まりになっていた。

「はい、どうぞ」

 協会の新人が免許証を機械に通し、返してくれる。

 俺達は門の外へ出ると、隣の協会へ行く。依頼を受けるのも、採取したものやドロップしたものを持って来るのもこの協会で、迷宮の物は協会を通してしか売り買いできない決まりになっているのだ。

 魔石や角や爪などを買い取りしてもらうと、采真がぼやく。

「腹減ったぁ」

「俺、ちょっと伯父さんの所に寄って行くな。銃剣、研いでもらおうかと思って」

「あ、俺も。そろそろ研いでもらわないとダメな時期だった」

 それで、揃って近くにある伯父の店に行く。

 海棠アームズ。耐久性にも実用性にも優れていると評判がいいが、勿論それなりに高い。注文に応じたハンドメイドも請け負っており、これは大変高い。

 そこのオーナーであり職人である海棠万記かいどうかずのりが、俺の母の兄だ。

 重いドアを開けて店に入ると、ちょうど奥から出て来た伯父と目が合った。

「今晩は」

「今晩は!」

 伯父はにこりともせずに

「ああ。出せ」

とだけ言った。

 伯父は無愛想で無口だが、この対応はそのせいだけではない。母が行方不明になったのは父のせいだと、伯父は父を恨み、1人生き残った俺を憎んでいるのだ。

 それでも伯父の腕の良さは確かで、俺の魔銃剣構想を聞いて作り上げてくれ、メンテナンスをしてくれるのはありがたい。

「銃剣の研ぎをお願いしたいんですが」

「俺もよろしくお願いします!」

 伯父は俺の魔銃剣と采真の剣をざっとチェックし、

「明日の放課後か」

と言う。

「はい」

「預かる」

 それだけ言って伯父は魔銃剣と剣を手に奥の作業場に入ってしまう。

 カウンターにいた伯母さんが、苦笑を浮かべた。

「愛想が無くてごめんなさいね」

「いえ。じゃあ、お休みなさい」

 俺と采真は伯母に頭を下げて、店を出た。

 そして家の方へ歩いていきながら雑談をしていたが、分かれ道で、左右に分かれた。采真は戸建て住宅の並ぶ方へ、俺は養護施設へ。

 中学生以上は2人部屋になる自室へ入り、防具や道具類を鍵付きの戸棚にしまって鍵をかけ、食堂へ行く。

 高校生は大抵バイトをしており、そういった理由でみんなと一緒に食事ができなかった人は、置いてあるので、適当に食べる事になっている。

 今日は3人いた。

 今夜は麻婆豆腐だった。遅くなった場合、皿に盛って置いてあるので、温めるならレンジになる。

 冷たい麻婆豆腐はどうかと思い、俺は皿をレンジに入れ、スイッチを押した。

「霜村、何か今日は、迷宮であったんだって?」

 比較的誰とでも頓着せずに話す奥野がそう言った。

「ああ、うん。ずっと下に出るはずのヤツの、更にイレギュラーなヤツが出てな。新人よりちょっとまし程度の探索者がいる階で、そこそこ犠牲者が出たんだ」

「へえ。迷宮はやっぱ危ないなあ」

 奥野はスプーンをくわえながら言った。

 そこで温め終わったので、俺は皿を出し、テーブルへ移った。

 と、やけに外を消防車が走っているらしく、サイレンが聞こえる。

「なあなあ。いつ退去する?卒業式の翌日が期限だろ」

「どうせその前に学校は休みになるからな。休みに入り次第かな。奥野は?」

 ううーん。辛くもないし、旨味もないし、どこか水っぽい。

「俺は一月後まで給料出ないし、最初の半年は見習いで給料が安いだろ。ぎりぎりまでここにいるよ」

 奥野はパティシエ志望で、洋菓子店に就職が決まっている。

「俺は、休みに入り次第かなあ。でも、ためたバイト代も、そんなに多くないしなあ」

 こいつはどこかの会社員だと聞いた。

「稼いでるんだろうな、探索者様は」

「そうでもない。魔石とか1つ1000円だぞ。命張って1000円ってどうだ?」

「ああ……そこを考えるとなあ」

 奥野達は苦笑し、俺達はここを出たら何をする、どんな部屋にする、などと言っていた。

 が、その電話は翌朝かかって来た。

『霜村様ですね。スマイル不動産です。

 実はご契約いただいておりますアパートが昨夜火事で全焼しまして』

「はあ!?全焼!?」

 朝食の為に集まっていた他の入所者達の目が俺に集まるが、それどころじゃない。

「困ります!」

『はあ。取り敢えず敷金は全額お返しいたします。それと、まだ空きのある賃貸物件もございますので、一度ご来店いただきたいのですが』

 俺の背中を、冷や汗が伝い落ちた。




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