40 近づいてくる足音


 悲鳴を追い駆けるみたいに沈黙が広がっていった。


 引き延ばされた意識の中で、本当に時が止まってしまったみたいに周りのすべてが息を潜めて静止している。


 自分でも分かってる。叫んだところで本当に助けに来てくれるなんて、そんなご都合主義あるはずないって。


 それでも、もしかしたら……。


 そんな可能性とすら呼べないものに縋って、ワタシはいったい何がしたいんだろう……。


 ああ……分かる、もうすぐ時が動きだしてしまう。


 恐怖と絶望の足音がどんどん近づいてくる。この音がワタシの元に到達した瞬間、今の状況が一気に加速してワタシに向かって迫ってくるんだ。

 もう目の前にまできているこの手が、本当の死神の手になってノノイさんやシュルカさん、子供たちの命を連れていってしまう。


 こいつはそれを、なんの躊躇もなくやるだろう。

 そして、ワタシにはそれをどうすることもできないんだ。


 ――もう終わりなんだ。


 無気力にそいつを見上げ……こっちを見ていないのに気がついた。


 どうしたのか。壁……いや、壁の向こうを信じられないといった様子で凝視して、目を見開いたまま唖然として固まってる。


「マジかよ……」


 おかしなことに、零れ聞こえてきた声は……絶望に染まっていた。


 ――ドゴォ!!!


「――私の子にぃ、何してんだコラ゛ァア!!!」


 壁を突き破って現われたのは希望か、もしくは新たな絶望か……。

 どっちにしても、薄暗かった廊下は差し込んできた光にあっけなく切り裂かれて、鬱々とした空気は吹き飛ばされていた……目の前にいた奴と一緒に。


 ――五回転半クイントアクセル


 美しい黄金的な回転運動をしながら、まるで重力を感じさせない直線的な軌道で壁に向けて飛んでいく。

 頭から瓦礫に突っ込んだあいつに睨みを効かせながら、乱入者はワタシたちを守るように仁王立ちで地を踏みしめた。


 レンガとか木片を木端こっぱ微塵みじんに撒き散らしながら、ディープブルーの虹彩が高速移動に合わせて光の線を描く。

 ワタシたちの前に立ちはだかった背中は、ガルドさんに負けないくらい広くて力強さに満ちていた。


 どうやら聞こえてきていた足音は、恐怖だとか絶望だとか、そんなものじゃなかったらしい……違うよね?


 いろんな感情がごちゃ混ぜになって、感情も思考も一向に落ち着かないワタシを蚊帳の外に、そのひとはザッと足音を鳴らして一歩前に踏みだした。


「誰の許しを得てるのか知らないけど、イディちゃんに乱暴をするなんて……絶対に許さない! 神様が許しても私が許さない! むしろ許してる神様はぶっ飛ばす!

 いいッ!? 私の言葉を魂に刻みなさい!

 ――イディちゃんをイジメていいのは私だけだからッ!!」

「待て待て待て、その発言は聞き逃せないわ」


 やっぱり絶望と恐怖の足音で間違っていなかったみたいですね……。


「ちょっとリィルさん、聞いてます!?」

「………」

「……? リィルさん?」


 ハイテンションで抱きつくなり、糸で拘束してくるなり、何かしら大げさな反応があるものだと思って身構えていたのに、リィルさんは振り返りすらしなかった。


 背を向けたまま、相手の動きを注視して一切反応してくれない。

 まるでワタシの声が聞こえていないみたいだ。


「リィルさん、あの」

「どうやったかは知らないが、あの徒人ヒュームがかけた言操げんそう魔法の洗脳を解いたみたいだな。さすがは元とはいえ一級と同等とうたわれた空師だ」


 無視はさすがに寂しくて、リィルさんの背中を突こうと手を伸ばしかけたところで瓦礫の山からアイツの声が聞こえてきた。

 レンガとか木片に圧し潰されたと思っていたのに、上手いこと衝撃を逃がしたのか。目立った外傷もなく、瓦礫の山の上に膝をついてこちらの様子を伺っていた。


「……いや、どちらかというとマレビト様の権能に寄るところが大きいのか。

 なるほど……報告には受けていたが、実際に目の当たりにするとその凶悪さを鮮明に感じる。それほど強力なお力を持っているとなっては、やはり無理にでもお連れする必要があるな」

「やらせると思う?」


 リィルさんがまた一歩踏みだす。


 傍から見ると、ワタシたちの安全を確保するために自分の体の陰に隠すような動きに見える。でもワタシの目には、伸ばされたワタシの手を避けたように映った。


「可能かどうかは問題じゃない、問題はそれが必要かどうかだ。この街のため、アーセリア様のため、必要なら命に代えてでも任務を果たす。それが我々だ」

「フンッ! ご高説どうも。だけどね、世の中には覆しようのないこともあるのよ。さっきの一撃でそれが身に染みたんじゃない?」

「いや、問題ない。あの程度で実力を誇示するなら程度知れる。やはり噂は噂か。存外、一級空師というのも大したものではないのかな?」


「…………んふ、んふふふッ! んっはっはぁ!」

「……何がおかしい?」


 突如高笑いを始めたリィルさんに、相手は怪訝そうな声色で訪ねた。


 ただ、その不気味さだけはしっかりと感じとったみたいだった。

 思わずといった様子でわずかに後退ったのをリィルさんは見逃さず、さらに煽るように高らかに続けた。



「なんでって、笑いたくもなるよ。


 だって――全然気づいてないんだもん」



「何を言って」



「さっきの――結構、致命的だよ?」



 ――パキッ。


 ガラスを踏み割ったような音が聞こえた。




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