39 犬に誇りなんて求めんなよ
叫ぶのと同時に、ワタシは後ろに投げ飛ばされるように引き倒され、ノノイさんはそのまま勢いで短剣を抜き放って相手に突っ込んでいく。
声を上げる暇も与えない速攻だった。
今までの戦闘でずっと魔法を使っていたこともあって、相手にとっても予想外の行動だったに違いない。
咄嗟に構えるでもなく、体を躱すでもない。そいつは突っ立ったまま、ノノイさんを呆けたように見つめて固まっていた。
――やったッ!
どう動こうとも今からじゃ間に合わない。
その確信が湧き上がってくるのと同時に、自然と口角も吊り上がっていた。
刺したら怪我をするとか、倫理的にどうなのよとか、そういうのは全部抜け落ちてた。今この時、ワタシは本当の意味で異世界を受け入れたのかもしれない。
短剣の刃があと数センチのところまで迫ってる。ノノイさんの背が低いから、自然と下から抉り込むような
緊張のせいか、時の流れが遅くなったみたいに視界の全部がゆっくりと流れる。
それに合わせるように五感まで引き延ばされて鋭くなっていく。
匂い、音、肌を滑る風の感触まで、さっきまでとは比べ物にならないくらい情報が流れ込んでくる。
実際には見えていない背後、シュルカさんの手足の動きから瞬きまで、目の前で観察しているみたいに把握することができた。
だからこそ……違和感に気づいた。
――本当に何もしていない。
そいつは完全な棒立ちで、ノノイさんのことを卑下するみたいに見下ろしてるだけだった。
これからことを受け入れてるのか、短剣で刺される程度なんでもないのか。
もしくは……初めから何もする必要がないくらい、準備ができているか……ッ!
「ノノイさッ!?」
呼び止めようとしたのは無意識だった。自分でも考えなんてまるでまとまってないのに、突然湧いてきた違和感に思わず声を上げようとして、
――ボンッ!
「ゔぐぅ!?」
ノノイさんが体をくの字に曲げて戻ってきて、言葉になる前に消えてしまった。
反射的に受け止めて、胸に抱いて隠すみたいに庇った。
それで自分より大きなノノイさんを覆い切れなるわけではないけど、少しでも彼女から気が反れるようにお腹の下に入れ、肩越しに相手を睨み上げて唸り声を上げた。
こいつは本当に何もしてなかった、指先一つ動かしてなんかなかった。
でも、ノノイさんはまるでお腹を蹴り上げられたみたいに、ワタシの腕の中で苦しげに息を漏らしてる。
きっとノノイさん自身も何をされたか分かってない。
だから、きっとこの場で五感が限界まで鋭くなってたワタシだけが気づけた。
「音だ」
ポツリと、なんでもないことを呟いたみたいに零した声に、ピクッと小さく、本当に僅かだけど、初めて驚いたように反応したのを見逃さなかった。
「アンタは音を、いや声だな。声を使って、ノノイさんのお腹の下で空気を爆発させるみたいに急激に膨張させて、吹き飛ばしたんだ」
「………」
返事はなかった。
でも、その沈黙が何よりも雄弁な答えになっているように思えた。
証拠なんてないけど、ワタシの五感と第六感みたいなものがさっきの答えが間違っていないことを知らせてくる。それだけで十分だ。
つまり、ワタシたちがこいつをどうにかして現状を打破するためには、音速より速く動くか音速で殴られても大丈夫な頑強さが必要ってことだ!
……えっ、無理くない?
「……ぅ、ゔぅぅ! をぉんッ! をぉんッ!」
本能のまま苦し紛れに吠えていた。
表面上ではなんとか威嚇面を続けたけど、全身から血の気がなくなってる。
だってどう考えたって無理ゲーだ。
普通の人間は音速では動けないし、
そんなの考えるまでもなく分かり切ってる。
じゃあ、ワタシはどうすればいいんだ?
刃物を向けておきながら、今さらやっぱり大人しくついて行きますなんて言っても見逃してくれるとは思えない。
どうする、どうすればいいんだよッ!?
「……やはり、見逃そうだなんて甘い考えを持ったのが悪かったな。オレらしくもない……いや、そうかこれが報告に合った貴女の……なるほど。危険だ、あまりにも。
ここで処分していく方が後々のためになる……がそれでは任務に背くことになる。仕方ない、せめて接触した人間だけでも消していくことにしよう」
「……へぅ? ……ッ!! ま、待って待って!」
そりゃあそうなるのは当然なんだろうけど待ってよ!
急にそんな物騒なこと言われても、どう対応したらいいかなんて分からないから!
少しでも考える時間を伸ばそうと、お腹の下にノノイさんを横たえて四つん這いで喚き散らした。
「急なことに混乱しただけで、ノノイさんも必死で、突発的にッ!」
「いや、これ以上の問答は必要ない。……初めからやることは決まってたんだ」
ああクソッ! もうどうしようもないのか?
ワタシにできることは何もないのかッ!?
ぐるぐると同じことしか考えられなかった、完全にパニックだ。
ワタシとノノイさんに向けて、ゆっくりと手の形をした絶望が迫ってくる。
心の底まで凍りつかせるような恐怖に、指先一つ動かすことができなかった。
「あっ……あっ……」
「すまない……せめて恨んでくれ」
ひゅっと喉が引きつって、息を吸えてるのかも分からない。
ただ、明確な形をした死を目の前にして、訳も分からず本能のまま叫んでいた。
「助けてリィルさぁん!!!」
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