18 騎士様は夢見がち乙女
「ずるい、ずるい、ずるいぃい! 私だってイディちゃんにキスしてあげたいのにぃ! 私の方が先に知り合ったのに、私より先にキスしたぁ!」
まさかのギャン泣きだった。悲哀と恨めしさでグシャグシャになった顔で握りしめた拳をぶんぶん振りながら、リィルさんが駄々っ子みたいに声を上げて泣きだした。
「あ、あの……リィル殿?」
この予想外にはゼタさんも困惑をしきりの様子で、構えを解いて恐る恐るリィルさんに声をかけた。
しかしリィルさんはキッと目尻を吊り上げて、某弁護人みたいにビシィッと音が出そうな見事な身振りでゼタさんを指差し、こちらが申し訳なくなるぐらいの鼻声で捲し立てた。
「な・に・が、『殿』よ! ぜんっっっぜん似合ってないからね、その喋り方ぁ!
準二級空師初の
「んなぁッ!?」
リイルさんからの突然の口撃に、ゼタさんが怯んだように仰け反った。
しかし、すぐに気を引き締めるように目に力を入れると、余裕に頬を引きつらせながら腕を組んで前に出た。
「ん゛んん。な、何を仰っているのか、はなはだ理解できないね。ぼ、僕がム、ムッツリスケベ? はは、そんな見え透いた嘘を。事実無根の誹謗中傷は……」
「うぅそぉだぁッ! ゼタは絶対にムッツリですぅ。
「わ゛ぁーッ! わ゛ぁーッ! わ゛ぁーッ!」
しかし反撃はならず。
ゼタさんは両腕をバタバタ振ってリィルさんの言葉を遮った。
黒い体毛で覆われていても、さっきのワタシ以上に顔が真っ赤になってるのが容易に分かる。
寸前まであんなに格好つけてキメていたのに、涙を浮かべながら目をぐるぐるさせている顔からは、もうお伽噺の騎士の風格は感じられなかった。
むしろ、どっちかっていうと可愛いだな、うん。
それにしても……ふたなり巨乳獣僕っ
そんなワタシの懸念をよそに、今度はゼタさんが胸の前で両方の握り拳をぶんぶん振りながらリィルさんに詰め寄って涙声で捲し立てた。
「リィルさん酷いです! 秘密にしてくれるって、誰にも言わないって約束したじゃないですかぁ!? いくらなんでも言って良いことと悪いことがありますよッ!」
格好つける余裕がないんだろうな。さっきまでとはまるで違う雰囲気だし、喋り方もだいぶ幼い感じになってる。
まぁ、さっきまでのは作ってるのが丸分かりだったし、こっちの方が素なんだろう。
どうしてかホッとしたけど、ちょっと残念。
……いや、別にもう一回やって欲しいとかそんなことを考えてたわけじゃあないし。ただ、キャラがブレたら大変だと思っただけだし!
「他人のデリケートな秘密を暴露するなんてぇ……!
リィルさんの馬鹿! アンポンタン! 魔力お化け! 耳なしぃ!」
阿呆なことを考えていたら、二人の言い争いがどんどんヒートアップしていた。
今にも溢れそうな涙を溜めて喚いているゼタさんの言い分はもっともで、さすがにリィルさんも言いすぎたと思ったのかバツが悪そうに目を逸らした。
でも、それ以上に引っ込みがつかなくなっているんだろうな。
立て続けに浴びせられる罵倒に、リィルさんは耳をピクピク痙攣させながら腕を組んで小馬鹿にするように応戦し始めた。
「そんなくせに外じゃあお伽噺でしか見ないような、いかにも騎士みたいに気取っちゃってさ。今時あんなのじゃ子供だって居た堪れなくなっちゃうよ?」
「そんなことありません~! 言っときますけど、僕は月刊騎士団のお姫様抱っこをして欲しい
「そんなこと言って、本当は可愛いものに目がないくせにぃ。
普段の部屋着なんてフリフリとレースがたくさんついた乙女チックなのだし、ホーンドレスまで着けてお姫様気分で絵本の王子様が迎えに来るのを夢見てさぁ。
お姫様抱っこだって本当はして欲しいんでしょ?」
「わ゛ぁーッ! わ゛ぁーッ! なんで
「私はお仕事でしっかり人と接してるから根暗でも引き籠りでもないですぅ。それを言ったらゼタなんてほとんどの人と素直に話せてないでしょッ!」
「僕は公私を分けて、正しく規律をもって生活してるんです! リィルさんみたいに誰彼構わずくだけた話し方で接してる方がよっぽどです!」
「ゼタなんて……!」
「リィルさんなんて……!」
ひでぇや、さっきまでのシリアスな雰囲気が木っ端微塵だよ。
薄暗くて息詰まるような空気だった路地裏が、今じゃあカーニバルの会場もかくやって感じの騒がしさだ。
そんな、シリアスさんの死体の上でサンバを踊るような所業を……!
可哀想に、こんなんだから何も悪くないのにネットで違和感と並んで「仕事しろ」なんて揶揄されてしまうんだよ……そのまま土に還って、どうぞ。
なんか知らないうちに危機を脱したみたいなのでホッと一息ついていると、リィルさんとゼタさんが未だにぎゃーぎゃーとお互いに涙目で特に欠点でもないことを並べ立てていた。
二人は睨み合いながら詰め寄り、額がくっつきそうになるくらい顔を近づけながら罵り合っていて、口論は止まるところを知らない。
まるっきり子供の喧嘩なので、もう某鳥類倶楽部みたいにキスして仲直りでもしてくれると助かるんだけど、それを具申するだけの胆力はワタシにはない。
だからワタシは道端のお地蔵様のように存在感を消しつつ、嵐がすぎるのを待つとしよう。
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