【血】天使のチェインソー

 殺し屋、ってもっとこう、何か、現代的な呼び名がないんだろうか。

 たとえば食堂とレストランみたいに、もう少し、モダンって言うんだっけ、そういう風になってもいいと思うんだ。

 暗殺者、だと冷徹な感じだし、いや殺すから冷徹でもいいんだろうけどもっとなんていうか響きが固いし、アサシンまでいくとやりすぎでバカっぽい。洋梨とラ・フランスみたいな。いやそれは農家に失礼だろうか。厳密には違うっぽいし。

 目の前で少女が死んでいる。二人。

 特別な感情はない。心は動かなかった。

 それが親友だとしても。

 クラス内の仲良しグループというやつだった。きっと、明日は怪しまれないように悲しむことになるだろうな、とかそんなことを考える。

 まあでも殺し屋でいいのかもしれない。『深夜食堂』が『深夜レストラン』だったらきっとあの味は出ていなかっただろうし、ひょっとしたら映画にもなっていなかったかもしれない。

 うん。

 わたしは殺し屋を名乗ることにした。


 誤解の無いように枕を置いておくと、わたしの周りでたくさん人が死んでいたのはわたしのせいではない。いや、わたしが存在してるだけで周りが死ぬんだよこの死に神がと言われたこともあるけど別に知ったことではないし、何か手を下したわけじゃない。

 あの二人が最初。

 学生のわたしが殺し屋なんて、若すぎると言われてしまいそうだけど、たとえば子役なんてわたしよりもはるかに若い年齢でプロとして大人と渡り合っているのだし。

 きっかけはまとめて唐突に来た。妹が原因不明の病気で植物状態になり、母は謎の多い借金とともに蒸発した。わたしを訪ねてきた男が、「きみのお母さんも凄腕の殺し屋だった。きみならやれる」とそそのかした。

 そそのかしたというか、実際、性には合っていた。だってきっと、コンビニでレジを打つよりも向いているだろう、という実感があった。

 これだけ能力があれば、いまの生活を捨てて逃げることもできたのかな、とも考えたけど、まあ妹を放っておくのも目覚めが悪いし。

 妹のことはわりと好きだ。

 妹はわたしのことが本当に好きだった。

 ちょっとここのライン越えたらちょっと、というあたりぎりぎりまで好き好きと言ってくれた。

 なので、きっと応えてあげるのが姉なんだろうと思った。

 最初の標的は身近な方がいいと向こうの方で用意してくれた。

 ちょうどよくというか運悪くというか、わたしの友達の親が借金を返さずに困っていたので、見せしめということらしい。みんな大変だ。

 借金で殺す人、借金に殺される人。

 わたしが殺したんだけども。

 目の前には急ごしらえのカタログがある。これから殺されるリストだ。

 人生が顔に出るタイプと、そうじゃないのがいる。こう言っちゃ不遜かもしれないけど、今更だろうけど、面白い。

 みんな死ぬんだな、って。

 人生無期懲役っていう話じゃないけど、いつかは死ぬものだから、そりゃ死ぬんだけど、殺されるんだな、っていうのは感慨がある。

 たとえばわたしに死に神の友人がいたとして、目の前に『この人達は全員交通事故で死にます』っていうリストを見せられても似たような感慨を抱くと思う。

 たとえば、賭け事。っていうか、パチンコ。

 打つ。出る。勝つ。

 殺し屋も似たようなものだ。

 殺したらお金がもらえる。

 誰を殺そう、っていうのはたぶん、パチンコに通う大人がどの台で打とうかな、という気持ちに似ている。

 強いて言うなら、賭けるものが少し大きいだけ。

 こっちとあっちの命がかかっている。パチンコで負けるのはまだ許容範囲だが、殺しとなると話が変わってしまう。そういった場合、ひとは少しだけ賭け事に強くなれる。

 事故らないように神経をつめて車を運転するのに近いのかもしれない。

 リストの中に見知った顔をいくつも見かける。

 思ったより周りには問題のある人間が多かったというか、わたしの記憶力がいいのか。

 母がいる。

 次のターゲット、決まり。


 目の前に二人分の死体がある。

 母ともう一人、おそらくパートナーであろう女性。

 もちろん、初めて見た。

 見られたので殺した。

 かわいそうだと思わなくもなかったけど、まあ二人一緒に逝けるならいいんじゃないかな、と思った。往々にして二人旅の方が一人あたりの旅費は安いものだし、今ならGOTOも使えるんじゃないかな。天国か地獄かそれ以外なのかはちょっとわからないけど。

 部屋の中には母とその女性の生活があった。

 わたしと妹を捨てて愛ある生活を選んだ母のことを恨む気持ちがない、といえば嘘になる。かといって、殺すよりひどい目に遭わせよう、みたいなのもない。

 そっちは専門じゃないし。

 幸せだったんだろう。家の中はそういう風に見えた。

 幸せ、ってなんだろうな。人のそれはわかる、つもりだけど、自分にとっての実感ていうものはまったくない。

 言葉がわからないのに意味が通じる外国の映画みたい。

 いま生きていることが幸せなのか、それとも誰かを殺すことなのか、死ぬべきなのか。

 何もわからないまま。

 今日は早く終わった。妹のところに寄って帰ろう。

 幸せな夢を見ていたら、いいけど。

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