お迎え

不死身バンシィ

ユウくん

「ミサくん、帰るわよー!」


 皆が遊び疲れて口数も少なくなり、座ってダベるだけになる頃にいつもミサキの母ちゃんは迎えに来る。ミサキの母ちゃんがこのタイミングを外した事は今まで一度もないし、迎えに来なかった事もない。良い家なんだろうなとその度思う。テンション最高潮でブチ上がってる時に迎えに来られたら抵抗の一つもしたくなるだろうけど、ミサキもダレてるので「んー分かった。んじゃな皆」と素直に帰る。これが毎度のパターンなのでミサキの母ちゃんを合図にして解散すれば良さそうなもんだけど、そういう雰囲気になるだけでなんとなくダラダラ公園に残ってしまう。分かってはいるが終わらせたくはないのだ。それで輪をかけてダラケた雰囲気になる頃にエイジの母ちゃんが迎えに来る。エイジの母ちゃんは若干不機嫌そうなので本音ではめんどくさいのだろう。なんでエイジは「やっべ帰るわ、また明日な」とバタバタ帰っていく。これで公園に残るのはオレとユウくんだけになる。

 4人で遊んでる時間は楽しいけど凄く短くて、ユウくんと二人になってからの時間はそれより何倍も長い。二人で公園のベンチに座って、ろくに喋りもしないしパタパタと足を遊ばせながら自分の影を見るだけになる。多分ミサキとエイジは自分達が帰ったあと俺達がこんな風に過ごしてる事を知りもしないだろうし、これから先も知ることはないと思う。ミサキとエイジには帰りたい家があるけど、オレ達は違う。お互い何も言わないけれど、それは何となく分かるのだ。何もないまま時間が過ぎて辺りもどんどん暗くなり、足元から伸びていた影が暗さと混じり合って消えていく。ユウくんがどう思ってるかは知らないけどオレはこのつまらない時間が嫌いではない。こうしてる間は一人にならなくて済むから。けどこうしてる限りユウくんは絶対自分から家に帰らないので、オレが先に動かないといけないのだ。


「行こうぜ、ユウくん」

「うん」


 返事はするけど、ユウくんはそれでも立ち上がらない。だからオレがユウくんの手を引いて歩き始める。これがオレ達の一日の終り。あと何回こう出来るだろう。オレ達の時間はあとどれだけあるのだろう。いつもそう思いながら公園の出口まで歩いていくのだけど、そういえばユウくんはどの辺に住んでるのだろう。オレ達が遊ぶのはいつも公園だから、お互いの家も知らないのだった。


「なあ、ユウくん」


 そのくらいは聞いておこうと思い後ろを振り返ると、ユウくんが立ち止まっていた。いつもは伏し目がちにトボトボ付いてくるのに、まっすぐ公園の出口の方を見ている。どうしたのかと公園の出口を見てみると、そこに誰かが立っていた。


「かえるわよ」


 その人は、多分そう言ったと思う。今日は天気の加減かいつもより公園が暗くて顔もよく見えないし輪郭もぼんやりしてるから身振りとかが分からなくて影の塊にしか見えないんだけど、そういう風に聞こえた。


「あれ、ユウくんの母ちゃんか?」

「……ちがう、と思う」


 ユウくんは表情を強張らせて青ざめている。ユウくんは他の皆よりちょいビビリで高い所から飛んだりとかも出来ないんだけど、ここまでビビってるのは見た事ない。

けど、オレもちょっとなんか嫌な感じだ。だって、


「え、誰?知らない人?」


 誰か他の母ちゃんか?と思い辺りを見回してみたけどオレ達以外誰もいない。この公園はそこそこ広いけど電灯とかがなくて住宅地からもちょい離れてるからこの時間帯は真っ暗になる。そのせいでオレ達以外の子供はあまり寄り付かないのだ。


「か――、え――、る――、わぁぁぁぁぁ、よ」


 さっきより余計聞き取りづらくなった。その人が喋っているというより何かが鳴ってるって感じで、公園全体にその音が響いてる。いつもはセミとか一杯鳴いてるのにいつの間にかそういうのは全部止まってて。


「なあ、ちょっとマジで、なんだよアレ」

「分かんない、わかんないけど」


 けど。ここにいたらマズイってのは分かる。

 逃げなきゃ。ユウくんがオレの手を掴んだまま後ずさった。

 後ろには振り向けない。目を離せない。

 ちょっとでも目を離したら、その瞬間すぐそこに立ってそうで。

 二歩、三歩、公園の出口を見ながら後ろに下がっていく。

 公園の出口はアレが立ってるその一箇所しか無いのに。


「カァ―――エェ―――ルゥ―――――――――――」


 音がさっきより大きくなった。もう全然声には聞こえなくて寺の鐘みたいにワンワン辺りに響いている。そして、さっきより影が大きくなったように見える。


「なあ、なんかアレさっきより」

「近づいてきた、よね。


 感覚としてそう感じる。三歩下がった分だけ寄ってきた。

 そのせいで、公園の中に入られた。


「いや、どうすんだよこれ」


 詰んでるじゃん。なんでこうなったのかも分かんないのに。


「……走って逃げる?」

「正気かオイ」

「けど、下がった分だけ寄ってくるならさ」


 下がり続ける分には距離が縮まらない、ってか?

 理屈の上ではそうだろうけど、この状況で理屈が役に立つのかよ。

 ユウくん、オレらの中で一番頭が良いけどその分馬鹿なんだよな。

 いや、馬鹿っていうか。


「この公園広いから、こう外回りをいっぱい使ってグルっと回ってアレを出口からおびき出してさ」

「そのまま一周して公園から出ようって?マジで?」

「もう、それしか無いっぽいし。このままよりはずっと良いよ」


 ビビリな分追い詰められたらメチャクチャするんだよ。

 まあいいや、オレもいい加減帰りてえし。


「分かったよ、じゃあ右回りな。いっせーのせ、で」

「オッケ。じゃあ行くよ、いっせーの、」


 普段はビビりでサラサラ坊ちゃん刈りメガネのくせに急にキリッとすんなよ。

 こういうところなんだよな。

 

「せ!」


「かああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 二人で背を向けて走り出した瞬間、それは俺達のすぐ後ろまで飛んできて叫びながら追ってきた。


「あああもうやっぱこうなんのかよチクショウ!」

「うわうわうわヤバイヤバイヤバイあははははははは!」

「何笑ってんだネジ飛んでんのか!おまえはいっつもそうだよ!」


 一周する予定だったがこうなっては一緒なので半ばで折り返して出口に向かって全力ダッシュする。ユウくんはパッと見モヤシだが何故かバチクソ脚が速いのでオレの前を走っている。だから被害がオレに全部来る。

 の息遣いが首筋に当たる。恐ろしく冷たくて間違いなく生物のそれではない。

 ひたひたとの一部がオレの腕と脚に巻き付こうとしている。何かに濡れてヌメヌメしてるのに石みたいに固くて人形みたいで。

 つまり、それは触れるのだ。


「でぇぇーーーーい!!」


 オレの手を掴んで走っていたユウくんが逆側の手でそれにチョップする。

 馬鹿かよお前は。なんで、お前はいつもそうやって。


「エェ――――――――――――――――」


 ユウくんのチョップを攻撃と見なしたそれが、オレよりユウくんを掴もうとする。

 


「そっちじゃねえだろボケが!」

「ルゥ――――――――――――――」


 ユウくんの手を振り払ってオレは全身でそれを食い止める。

 触れるのにそれはまるで抵抗がなくて、そのままズブズブとオレを飲み込んでいく。穴という穴からそれが入り込んでくる。

 振り払われたユウくんが呆然とこっちを見ている。


「何してんだ!行け!行けって!ここで気合で食い止めてっから誰か呼んでこい!」


 少しの間ためらった後、覚悟を決めたような顔でユウくんは公園の外へ走り去っていく。ホントに馬鹿だよな、持ちこたえられる訳無いだろこんなの。

 もう首から下は全部飲み込まれて、顔も右半分だけが外に出ている。

 残った右眼で、オレはその影の中を覗き込み、それの正体を見る。

 母ちゃんだ。

 一人じゃない、無数の母ちゃんがびっしりと境目が分からないくらいに詰まっていて何人分かも分からないくらい寄り集められた何本もの腕でオレの全身を掴んでいる。オレは残された時間で影の中の豆粒みたいな母ちゃんから岩みたいにでかい母ちゃんまでその一つ一つの顔を見る。ああ、やっぱりだ。


 お前はオレの母ちゃんじゃない。オレの帰る場所はそこじゃない――





「ミサくん、帰るわよー!」


 皆が遊び疲れて口数も少なくなり、座ってダベるだけになる頃にいつもミサキの母ちゃんは迎えに来る。ミサキの母ちゃんがこのタイミングを外した事は今まで一度もないし、迎えに来なかった事もない。良い家なんだろうなとその度思う。エイジは最近公園に遊びに来なくなった。なんでも塾に行かされ始めたらしい。学校の授業サボってばっかだからなエイジ。


「あ、もうそんな時間か。じゃあオレ帰るわユウ、また明日な」

「うん、また明日」


 これで、この公園のメンツはまた一人減って三人になった。ミサキは面倒見が良くて頼り甲斐もあるからまだ付き合ってくれてるけど、その内来なくなるかも知れない。いい加減公園遊びって年でも無くなるもんな。家が金持ちっぽいから中学受験とかもするだろうし。


「ふう……」


 ユウくんはまたベンチに腰掛けて脚をパタパタさせながら、自分の足元から伸びる影を見ている。帰りたくないのだ。もう理由すらもわからなくなっているのに。少しずつ暗くなっていく公園で、またオレとユウくんは無言の時間を過ごす。いつからオレとユウくんはこんなにも会話しなくなったのだろう、昔はもう少し話していたのに。


「よう、ユウくん」

「あっ」


 呼ばれて、ユウくんがこっちを見て笑う。呼びかければこうして思い出してくれるのだ、オレが友達だったことを。けれど、繰り返す度に記憶が削れていくから、もうオレの名前を呼んでくれることも無くなった。なあ、顔はちゃんと見えてるか?オレからははっきり見えるんだけどな。ミサキとエイジはもう顔も見えなくなっちゃったけど。なんでユウくんなんだろうな。あの時、オレの手を引っ張ってくれたのがユウくんだったからか?たまたまユウくんが一番近かったってだけなんだけどな。あの時、掴んでくれたユウくんの手を振り払ったのが正しかったのかは正直分からない。もしそのまま掴んでいれば、と思うことは何度もある。けれど、こうなっちゃった以上はしょうがないよな。おかげでユウくんは生きてこの公園に遊びに来てくれるわけだし。オレはユウくんの手をまた掴めるし。



 なあ、ユウくん。オレの帰る場所はあそこじゃないんだ。母ちゃんも居ないあんな所に、オレは一人で帰りたくないよ。オレの帰る場所はきっとこの公園の外にある。

だから、ユウくん。あと何回こう出来るか分からないけど。


「行こうぜ、ユウくん」


 絶対に連れて行くからな。


 

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