第三十話 脱ぎたがる彼女 着させたい僕

 ――ピンポーン。

 惰眠を妨げるかのようにチャイムが鳴った。

 居留守を使う手はあったが、来たのが郵便や荷物だと、再配達の手間がかかる。雪野里見はのろのろとインターホンのカメラまで向かった。

 スイッチを押すと、スーツにネクタイをしめたビジネスパーソン風の若者が映る。

「はい」

「雪野さん、来ちゃいました」

 だだだだだだだ。

 がちゃっ。

 龍野文貴の前に、パーカーとスエット姿の雪野が現れた。アポなしの訪問に、明らかに戸惑っている。

「え、ちょっと、どういうこと?」

「ここじゃあなんだから上がらせてください。来客中でもないですよね」

 文貴が雪野を押しのけ、玄関に入る。勢いに負け、されるがままだった。

 ――オートロック、管理人なし。それでも2LDKの賃貸マンションに一人暮らしとは豪勢なものだ。物が多いのか捨てられないのか、微妙に片付いていないのが廊下からでも分かる。

「ねえ、なんで住所分かったの」

「そりゃ、伊織さんに聞いたからに決まってるじゃないですか。シェアハウス云々で連絡取り合ってるでしょ?」

「妖怪個人情報漏洩ウーマンめ」

「人の事言える立場ですか。ほら、裸で寝てて、慌てて服着たんでしょ?覗きませんから着替えるなら着替えてきてください」

「……なんで分かるの」

「そりゃ、雪野さんとは一緒に住んだことあるんですから」

 雪野は口をへの字に曲げ、突き当たりの部屋へ入ると服の塊を手にまた戻ってきた。

「こっちのサブ部屋で着替えるから、奥の部屋で適当に座ってて」

 文貴は素直に従い、雑多に服が散ったファブリックソファに腰を下ろした。

 リビングダイニングはルンバが走れないような床と、机にぱらぱらと散らばった郵便にレシートの束。シンクとガスコンロは自炊をしていないかのようにきれいで、反対に作り付けの棚には無秩序に物が放り込まれている。

「――それで、どうしたの?」

 いつのまにか、雪野は外に出られる服に着替えて立っていた。

 文貴の出方を待っている。

「ああ、営業所配属になって縁もゆかりも無いとこに来たんで、一緒に住みません?今なら家事と生活費の折半つき」

「なんでまた。――っと、就職おめでとう」

「ありがとうございます。だって、雪野さんってだらしない人じゃないですか」

「は?喧嘩売ってる?」

「事実を言ってるだけですけど」

 ぐうの音も出ない雪野と、涼しい顔の文貴。

「露出狂……いや、違うな。だらしない雪野さんには、同居人が必要だと思いますけど」

 ゆっくりと。息を吸って、吐いた。

 雪野は音を立てて。文貴は静かに。

「ただの同居人ってことなら、住んでいいよ」

 緊張が解けたのか、雪野はさっそく服を脱ごうとする。

「とりあえず服は着たままで。俺は服着てる雪野さんのほうが好きです」

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露出狂な彼女、不感症の僕 香枝ゆき @yukan-yuki

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