第二十八話 2つが1つになったなら

 半裸、あるいは全裸になって、お互いを触り合う。一体何がいいのだろうと、文貴は思っている。自分の欲を自分で放出することは、身体のメンテナンスのためと割り切ってはいる。一方で毎度、虚無を感じる。

 シャツのボタンが外される。身体が自分のものではない感じ。自分のものではない手が肌に触れる。開けようとしても目は閉じたまま。暗闇に1人だ。

 ーーもっと生きたかった。もっと一緒にいたかった。もっと楽しみたかった。

 溢れ出てくる後悔と悲嘆と。

 受け止めるには重い。けれども、受け止めきれなくとも向き合わなければいけないことだ。

「だけど、お前はもう死んでるんだ!」

 文貴が叫ぶと、身体はさらに重くなった。

「なんで雪野さんに取り憑いたんだよ、恨むなら覗いた俺を恨めよ!雪野さんをこれ以上悲しませるなよ!」

 返事はない。それでも、徐々に身体が軽くなってくるのが感じられた。

 ベルトが外され、ジーンズのファスナーが下ろされる。

 敏感な部分に手が添えられ、横たわっている身体が跳ねる。

「女も抱かずに死ねるかってセリフ、フィクションではそれなりに聞くけど、そのクチなのかな、心残りなのかな。だったらしようよ」

 雪野がつぶやく。

 どこまでも、死別した恋人のことを思っている。

 それがなぜだが、ひどく苦しい。

 胸の痛さは、まるで二人分だ。

「文ちゃんに取りついてくれたら、あのときの続き、擬似的にでもできないかな。私が、私が拒んだから!」

 腕が勝手に動く。身体は起き上がり、雪野に手を回していた。

 ソファからゆっくり立ち上がり、二人で手を繋ぎ、1つのベッドへ倒れ込んだ。


 柔らかくて、暖かい。嬉しくて、物悲しい。

 寝入りばなに遠のいていった、自分の意識と、誰かの感覚。

 数時間のスリープと、永遠のシャットダウン。

 ああきっと、雪野のことが心配だっただけなのだと、文貴は納得した。


 目が覚めた時、雪野の姿はすでになかった。

 文貴が部屋を見渡すと、机の上に置かれた便箋が目に留まる。

 最初から最後まで、一読して、文貴は電話をかけた。スピーカーモードにして、その間に身支度を整えることにする。

 幸い、すぐに繋がった。

「伊織さん!そっちに雪野さんは」

「ええ、朝早くから来ました。スーツケースに荷物をまとめて、すぐに出ていきましたけど」

「そんな!」

「感謝と謝罪。ーー文くんにしていましたよ。……それにしても、見事なまでに憑き物が落ちていました」

 そうか、兄は死んだのだ。

 心残りを晴らして。

「雪野さんが、どこ行ったかわかりますか?」

 文貴は急ぎチェックアウトする。丁寧な所作が、いやにもどかしい。

 背に腹は変えられない。止まっていたタクシーに乗り込み、駅へと急いだ。


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