第二十五話 兄と彼

 ――興味深々な高校生だったから。そんな理由は理由にならないのだと思う。

 恋人同士の行いを目にした文貴は、兄の彼女と目が合った。

 そこからは話が早い。

「いやっ!」

 どんっと兄を突き飛ばし、兄の彼女は服を素早く整えると、鞄をつかんで部屋を飛び出した。

「ちょ、待って!」

 兄も後から、慌てて追いかける。

 2人とも自分のことだけで精いっぱいで、文貴がまだドアの横にいたことなど、気にもとめていなかった。

 自分が追いかけるのも違う気がして、文貴は、兄の部屋に入って窓を開けた。

 玄関から飛び出した兄の彼女が、道路を横断しきっていた。

 兄がそのあとを追いかける。

 普段は、交通量のあまりない道だった。

 そこにトラックが通過した。

 衝突音。舞い上がる体。着地音。広がる赤。

 甲高い悲鳴が現実を告げる。

 文貴は後ろによろけ、尻餅をついた。

 通報、救急車、体が動かない。

 そして願いむなしく、兄は死んだ。

 兄の彼女は、両親に会いにきたらしいが、文貴は会っていない。どの面下げてというものだ。

 そのうち彼女も地元を去ったと、風の噂で聞いた。



「――その、お兄さんの彼女が、雪野さんだったってわけですか」

 伊織が口火を切る。

 彼女は仕事を途中で打ち切って、シェアハウスへと戻ってきていた。

 飛鳥が全員分の飲み物をつくり、真弓は文貴の隣につき、伊織は話を聞いていた。

「俺も、言われるまで、わかんなかったです。でも、じゃあ、雪野さんは俺のこと知っててシェアハウスに誘ったって、俺、もうわかんなくて」

 分からないといいながら。心の内では嫌な想像が膨らんでくる。

 顔と名前も知っていたから、冬のコンビニで声をかけたのだろうか。復讐のチャンスをうかがって。

「雪野さんの真意は、本人に聞いてみないとわからないよ」

 慰めるように、真弓が一言。飛鳥がさきほどから無口なのは、下手なことを言いそうだから自制しているのかもしれない。

「……十中八九、雪野さんに憑いているのは、文くんのお兄さんの霊です。きっと雪野さんと、文くんにしか解決できない」

 伊織がふうと息をはく。

 向き合わなければいけない。逃げ続けていた責任と。

「でも、どこにいけば」

「ここに来る途中で雪野さんに憑いている霊に近い気配を、ビジネスホテルで感じました。――行ってください。手遅れになる前に」

 本当は、気が進まない。けれど、行かなきゃ、なにもかもが手遅れになる気がした。

 そんなのは、もうごめんだ。

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