第二十三話 5人と1存在の同居

 結局のところ、シェアハウスから去った者はいない。新しい入居者を迎え入れられるはずもない。

 人間5人、幽霊らしきものが恐らく1存在。そんな集団生活が続いていた。

 はっきり言って、年長組女性の仲が妙に距離感ができてしまっているのは困る。家主と霊能力者、この家にとってどちらも重要なポジションだ。それでも表面的に必要な会話はしているのだから、責められるはずもない。

 少なくとも、伊織はできるだけのことをやった。力負けした以上、腕ずくでの除霊は不可能なのだと、全員が分かってしまった。

 嫌になったのか、仕事がどかんとはいってきたのかはわからない。ただ、雪野の爆弾発言があって以降、伊織が家を空けることが増えた。その間、シェアハウスは心なしか息が吸い込みやすくなった。

 心霊現象についての心配も、杞憂に終わった。幽霊がおとなしくしているのか、伊織の処置がしっかりしているのか、こちらもわからない。

 ホームが膠着状態になっていても、日常は進む。

 10月1日。内定式。多くの企業が、次の春に入社予定の学生を迎えて式典を行う。

 夜のニュースでも主だった企業を取り上げていた。

 文貴はスーツを着ることなく、部屋に籠っている。

 ナイナイテイ。無い内定。

 進路が決まらないまま迎える、2回目の10月。


「真弓さん」

「ん?」

 文貴がノンアルコールのサワードリンクを一口飲む。

「なんか人生に希望が持てないんですよね」

「――まだまだ若いのに」

 夜9時をまわり、2人は部屋を隔てる襖をあけ放って、部屋飲みを行っていた。

 内定がない状態で落ち込んでいる文貴は、真弓から声をかけられ、甘えることにしたのだ。

 ポルターガイストのいない静かな夜。

 雪野と飛鳥は空気を読んで、2階に引っ込んでいる。伊織は泊まり込みの仕事でいなかった。

「もともと、俺には兄弟がいたんです。わりと優秀で、嫌みもなくて。親も期待してたと思います。でも死んじゃって。――家の中がぽっかりと穴空いたみたいで、いつまでたっても埋まらなくて。そんな実家が嫌で、絶対大学は遠いところにするって決めて、海卯大学にいったんです。なんで遠くに行きたいか。俺の場合は、実家に帰りたくないからですけど、そんなの会社にとってはどうでもいいわけで。なんか、わからなくなりました」

「――文くんは純粋すぎるんじゃないんかな。要領がいい人は、多分うまいこと理由付けをする。できないから悪いんじゃない、できる人はできる、苦手な人は苦手なだけ、それだけ。あとは、常識的な範囲で演じられているかどうか。自分をよく見せようとして、0を1にするのはダメだけど、1を1.4くらいにするのは許されると思うから」

「――それができないから苦しいですよ、実際。要領がいい人間に生まれたら、どれだけよかったか」

「それでも、文くんのいいところ、一緒に暮らしてきてたくさん知ってるよ」

「ありがとうございます。でも、就活では一瞬だから、わかってもらえない」

 真弓が缶に残っていた飲み物を一気飲みした。

 豪快な飲みっぷりに、文貴が絶句する。

「――なんか文くん、生きたくないって思いながら生きてない?」

 本質を突いた言葉に貫かれる。

 演じなければ。こういうときこそ。

「そんなことは、ないですよ」



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