第二十二話 見て見ぬふり

 文貴の脳裏に浮かび上がってくるものがある。


「話が早くて助かります。一刻も早く除霊を――」

「お断りします」

「はっ?」



 自称霊能力者が突然訪ねてきた日。雪野は一度、除霊を断っている。

 それだけではない。


?」


 確かに伊織に聞いていた。 

 彼女は自分に、霊が憑いていることを感づいていた。

「――詮索はしない。それがこの家のルール。……私はここに住まわせてもらうにあたって、雪野さんが言っていたルールを守ってきました。けれど、心霊現象は日に日に強まってきている。このままではみなさんの安全に関わります。一刻も早い除霊を推奨します」

 雨戸がガタガタと鳴り響く。幽霊が怒りを表しているのだろうか。

「雪野さん……本当なんですか?」

 口火を切る真弓。彼は家が悪いのだということを信じていた。

「え、安全に関わるとか嫌……除霊してもらったほうがよくないですか?」

 対して飛鳥はここにきて日が浅い。伊織の実力も知っていることから、雪野に幽霊が憑いていることを疑っていないようだ。

 文貴は、伊織いわく霊的なものに鈍感な体質だから、被害はほとんど受けてこなかった。それでもこれほどまでに住民を怖がらせているのなら。

「雪野さん――説明をして欲しいです。……詮索はしない。正直俺自身、ルールに守られてきたこともあった。でも、そもそもこんなルールを最初に決めたのは。詮索されたくなかったからですか?幽霊が憑いていること」

 雪野の口角がゆっくりと上がった。

「住民同士、詮索はしない」

 透き通るような声が耳を貫いた。

「文ちゃんの推測は、大体合ってる。だから、尊重して欲しいかな」

 誰かが息をのむ。一体、何を。

「私に憑いてる幽霊の、除霊はしない」

 うるさいぐらいに鳴っていた雨戸の音が消えている。

「なんで!!」

 飛鳥の心からの疑問。

 全員が抱くものでもあった。

「言いたくない」

 対して雪野の返事はにべもない。

「けど、このまま心霊現象は続くかもしれない。この家に住みたくないなら、出て行ってもらって構わない。引き止めないよ」

「それ、あたしたちが他に行くとこないってわかってて言ってるの!?」

 飛鳥と意見がほぼ合わない文貴だって、今回ばかりは同感だ。

 年長組は、苦労するだろうが引っ越しても生活が成り立つだろう。一方で文貴ら年少組は、定職についていない。実家に戻らないという信念を曲げない限り、この家を出たら路頭に迷う。

「雪野さん、不誠実ですよ」

 文貴のぽろりと出た言葉に、彼女は笑った。

 痛みをこらえるように。

「――私は昔、人を殺した」

 クーラーの音、それ以外の無音。1秒が引き延ばされたような一瞬。

「これは贖罪なんだと思う」

 誰もが何も言えなかった。

「私にとりついている幽霊は、他の幽霊を引き寄せたり、心霊現象が起きる原因となったりする。でも直接の悪さはしない。だから」

「――見て見ぬふりを、しろと」

「うん、そういうこと」

 雪野はへらりとした笑みを浮かべ、この話は終わりというように立ち上がった。

「――雪野さんは、その幽霊と意思疎通できてるんですか?」

 伊織に背を向けたまま、雪野が口を開く。

「見えないし、話せないし、聞こえない。もちろん触れない」

「なら……」

「伊織ちゃんも、同じでしょう?」

 伊織が大きく息を吸い込む。

「やめといたほうがいいよ」

 緩い静止。伊織は気にもとめず、小声で何らかの呪文を唱え、呪具を雪野へと向ける。

 しかし。

「――伊織ちゃんでも、祓えないと思うから」

 雪野の言葉通り、呪具は木っ端みじんとなった。









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