第七話 鈍感な霊感、知らぬが仏

 背後には何の気配もない。

 念のため振り返っても、ただ壁があるだけだ。

「なにもいないじゃないですか」

「はい、見えない人にはそう見えます」

 禅問答のようだ。

「ちょっと雪野さん、詐欺師に騙されてますよ」

「詐欺師じゃないよー、だって嘘は言ってないもん」

「本当になにかいるんですか」

「知らなくてもいいことはありますよ」

 そんな思わせぶりなことを言わないでほしい。

 夜中に目が覚めて、初めて寒気がした。

 雪野は弱みを握られていて断れないだけではないのか。いや、そうに違いない。

 そうでないと現実の理解が追い付かない。

「っていうかあなたもあなたですよ。夜いきなり訪ねてきて居ついて。こんな夜中に叩きだすのはどうかと思うので、仮眠はどうぞ。でも夜が明けたら一旦帰ってください」

「いや、私帰る家がないので」

 まさか地雷を踏んだか?不幸な事故があって天涯孤独とかいう。

「ーー家賃滞納で住んでいる家を追い出されてしまって」

 物理的問題だったか。

「そうそう、野宿してたから家にあげたの~」

 家主のとんちき発言には無視を決め込むことにした。

「さっき事故物件に住むとか在宅仕事があるとか言ってたじゃないですか!」

「正社員と違って固定給じゃないので、収入が不安定なんですよね。まさか家無しになるとは思ってなかったですけど」

 ここで実家に帰れ、とは口が裂けても言えない。

 本当に、もうないのかもしれないし、あっても帰れないのかもしれないからだ。

 それに。

『実家に帰ればいいじゃないですか』と発言しても、ブーメランとして帰ってきては自分が困る。

「ほら、困ったときは助け合わなきゃ。伊織ちゃんには住み込みでこの家の心霊関係に対処してもらえたら、住むところとごはんは保証します。洗濯は自分の分はしてもらうとして。部屋は二階の洋室が空いてるから使ってください。で、細かいところはまた詰めましょう。どうですか?」

「願ってもない好条件で、ありがたいです。ほんとうにいいんですか?」

「よくないです」

「もちろんいいですよ~!決定権は私にあるので」

 この家では一人一票の投票権制度ではないらしい。いや、一人一票だったとして、家主と借主一名の今、意見が割れたら家主の選択が尊重されはするだろうけど。

「文ちゃんもさっき言ってたもんね?」

 決定権は雪野にある、なんて。婉曲的表現でも、軽々しく口にするんじゃなかった。


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