僕らは選ばれている④




「・・・こんな場所があったんだな」


杉本は雑木林から、小屋が見えたところでそう言った。 ここ最近は、独りぼっちになってしまい向かう足が重かったのだが、今日は違う。 小屋から物音が聞こえてきたのだ。


「もしかして・・・」


まさか本当に来ているとは、思ってもいなかった。 だからもう一度彼に会える喜びで、急いで向かう。 だけど――――ドアを開けて見えた光景は、信じられないものだった。


「あああああぁぁぁ!!」

「松崎!!」


小さいボロの台に乗り、天井からは一本のロープ。 それは彼の首に、しっかりと巻き付いていた。 緊急事態だと判断した僕は、彼めがけて全力で走り身体を支える。

その際に、衝撃でボロの台が壊れてしまった。


「何で、こんなことをやってんだよ!」

「・・・僕は、生きていちゃいけないんだ」


僕の吠えるような声に、弱々しく応えた。 そのうちに杉本もやってきて、一緒に彼の身体を支える。


「どうしよう、杉本くん。 このままじゃ・・・」

「俺が身体を支えている間に、お前がロープを何とかしてくれ」


ジタバタと身体を揺らす松崎くん――――杉本が名を呼び始めて知った――――を見るに、何が起きてもおかしくはなかった。


「大人しくしろ! じゃないと、また殴り付けるぞ! 櫻木、早く何とかしてくれ!」


その言葉を聞いて、松崎くんの顔に貼られた絆創膏に目がいった。 ――――これだ。 僕は小屋の隅へと走り、床板を外すと救急箱を取り出した。 僕の手当てをしていた時に見たから憶えている。

そこに包帯を切るためのハサミが、入っていたことを。


「今切るから!」


どうやら松崎くんは、それを見て観念したようだった。


「まさか、あの時の救急箱が裏目に出るなんてね・・・」


僕らは秘密の小屋で、向き合って座っていた。


「そんなことはどうでもいいよ。 どうして、こんなことをしたの・・・?」

「二人が一緒っていうことは、僕の目論見は上手くいったんだ」


杉本は不満気に胡坐を組み替える。


「俺たち、謝りに来たんだぞ。 なのに、どうして死のうとしてんだよ。 お前の母ちゃんのことは、そりゃあ辛いのは分かるけどさ」

「・・・お母さんだけなら、まだ、頑張れたんだけどね」

「どういうことだ・・・?」

「子供以上に、大人の問題は深刻だった。 お母さんは罪の意識と、周りからの責め苦に追い詰められた。 そして、それはお父さんにも及んだ。

 “犯罪者の家族”って言われて、会社に居場所がなくなって、一人どこかへ消えてしまった」


松崎くんは、悲し気に目を細めた。


「櫻木くん。 この小屋は、僕のお父さんが不器用なりに作ってくれた思い出の場所なんだ。 本当はね、あの日、初めて会った日、ここには死ぬために来たんだよ。 

 だけど君がいじめられていたのを見て、すぐに原因が僕に関係していると分かった」

「だから、話を聞いてくれたの・・・?」

「それが、僕が最後にできる唯一のことだったからね」


僕は馬鹿だ。 本当に助けが必要な人に助けてもらって“君にこの苦しみは分からない”なんて、酷い言葉を吐いて。 何も分かっていないのは、僕の方だったというのに。

杉本が、怒鳴り付けるように言う。


「馬鹿野郎! 何で、そんなに苦しんでいるのに俺に言わねぇんだよ! 幼馴染だろ!?」

「・・・だって君は、僕のことを恨んでいただろう?」


松崎くんは、それでも杉本に僕のことを一人で話にいった。 両親を失い、殴られて、それでも僕を助けてくれた。 僕の目からは、涙が溢れて止まらなかった。


「どうして君が泣いているの?」

「だって、僕は君に酷いことをしたんだ。 なのに、助けてくれたから」

「僕がいなかったら、君はいじめられることもなかったんだよ」

「そんな、たられば、に、意味なんてない。 君が死んだら、僕たちは一生後悔する」

「櫻木くん・・・。 僕、最初に君のことを見た時、ホッとしたんだ。 本当は、死ぬのが怖くて・・・」


松崎くんと杉本も、もらい泣きなのか何故か泣いていた。 僕たちは自然と肩を寄せ合うと、わんわんと泣く。 涙が枯れる程に泣いているうちに、日が落ち辺りは赤く染まっていた。


「俺たちは、三人共母ちゃんを亡くし、その辛さを痛い程に知っている」

「そうだね」

「だから、俺たちは今日から同じ痛みを共有した仲間だ」

「・・・ちょっと違う気もするけど、仲間っていうことには賛成だ」


杉本の言葉に賛同すると、松崎くんが不安気な表情を覗かせた。


「こんな僕でも、仲間にしてくれるの?」

「当たり前だろ」


「松崎くん、僕、お父さんに君を助けられないか相談してみるよ。 僕らは命に選ばれて生まれてきた。 だから、ぞんざいに扱っていい命なんてないんだから」





                                                                      -END-



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僕らは選ばれている ゆーり。 @koigokoro

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