第34話 これからも続ける二拠点生活
農家の宴会は俺の家で行われ、夜が更けるにつれてオルガやアンドレをはじめとしたおじさんたちは見事にぐでんぐでんになってしまっていた。
そして、そんなだらしのない男たちは、付き添いでやってきた家族、あるいは帰りが遅くて心配になってやってきた親族に連行されることになっていた。
「でへへへ、聞いたかミラ? 俺たちのトマトがぁ、王都の高級レストランで使われるんだぜ!? すごくねえか!?」
「あー、はいはい。おにぃのその台詞は聞き飽きたから。というか、酒臭いし重い! しなだれかかってくんな!」
べろべろになっているオルガを介抱しているのは妹であろうか。
同じ赤い髪をしていた少女が文句を言いながらも、しっかりとオルガを支えて連れ帰っていった。
他のおじさんたちもオルガと同じように、あるいは奥さんに喝を入れられて覚醒して帰っていく。
すごいな。あれだけぐでんぐでんだったおじさんたちがシャキッとして家に帰っていったよ。あれが長年連れ添ったパートナーの絆か。
一人暮らしをするには少し広すぎる家であったが、大勢の人がいなくなると途端に寂しくなるものだ。
ここに残っているのは今やご近所であるアンドレ、ステラ、ニーナだけ。
アンドレはお酒が入っていていびきをかいており、ニーナは子供故にもう疲れて健やかな寝息を立てている。
「クレトさん、お片づけを手伝わせてください」
「ありがとうございます」
ステラが申し訳なさそうにしていうので、お言葉に甘えて手伝ってもらうことにする。
実際、リビングや台所にはたくさんの料理やお皿があったりするので一人で片付けるのは少し大変だったのだ。
でも、こんな風に家に誰かを呼んで大騒ぎをしたのは何年振りだろう。
小学生や中学生の頃は家に友人を招いていたことはあるが、そこから先は外で遊ぶことが多くなり一度も招いていない気がする。
成長していくと皆それぞれ忙しくなり、大人になると家庭を持つようになる人も増えて疎遠になることが多かった。
だから、こんな風に自分の家で大騒ぎした後の後片付けも無性に懐かしく感じられた。
とはいえ、もう夜も遅いので最後までステラに手伝ってもらう必要はない。
「手伝ってくれてありがとうございます。今日は遅いですし、この辺りで十分ですよ」
「そうですか? 私たちのために場所をお貸ししてくださってありがとうございます」
「いえいえ、こういう事ができるように広い家にしたので気にしないでください」
「それではお言葉に甘えて失礼しますね。ほら、あなた。そろそろ帰りますよ」
ステラはぺこりと一礼をすると、リビングのソファーで横たわっているアンドレの身体をゆっさゆっさと揺する。
「……むにゃむにゃ。俺はまだ呑むぜい」
しかし、相当お酒が入っているせいか、アンドレの眠りは深いようだ。
いくら耳元でステラが声をかけながら揺すろうとも起きるような気配はない。ワイン瓶を抱きながらそのような寝言漏らすだけ。
俺が王都のワインを呑ませたのかいけなかったのだろうか。
「……他の奥さんみたいに引っ叩いてもいいんですよ?」
「えっと、私はそういうタイプではないので……」
俺の前だから控えめに言っているのかと思ったが、どうやらステラは肝っ玉奥さん属性を兼ね備えていないらしい。
確かにステラはそっち系というよりも、大人しい静かなタイプだからな。
そういうやり方はできないのかもしれない。
しかし、このまま起きないのでは困った。
たとえ、ご近所であってもステラの細腕ではごついアンドレの身体を抱えて家に戻ることはできないだろう。
となると、男である俺がアンドレを家まで運ぶしかない。
「アンドレさんは俺がお運びしますよ」
「大丈夫なのですか?」
アンドレは身長が百八十センチ近くある巨体で筋肉質の身体をしている。
それに加えて俺は身長が百七十を越えているものの、アンドレのような筋肉質な身体をしているというわけではない。ステラが心配してしまうのも無理はないだろう。
「少し物みたいに扱うようで恐縮ですが、転移でそちらの家にあるリビングのソファーに移動させてもらえればと」
「いえいえ、構いませんので、それでお願いいたします」
ステラの許可がもらえたので、俺はアンドレに転移をかける。
すると、目の前で寝転んでいたアンドレが視界からフッと消えた。
「これでそちらの家に転移したはずです」
「……なんだか目の前で人が消えるのは不思議ですね。ありがとうございます」
ステラはクスッと笑うと、眠っていたニーナを抱きあげて家を出ていった。
それを見送ると、俺は台所に残っている洗い物にとりかかる。
こういうのは明日に残しておくと面倒だし、汚れも落ちにくくなってしまうからな。
そうやって黙々と作業をすると、リビングや台所は綺麗に片付いた。
「ふう、これで終わりだな」
スッキリとした部屋の中を見渡して満足げに頷く。
やはり部屋が広くて綺麗だと、それを維持しようという気になれるものだな。
まあ、本当にマメな人は広さに関わらずに、しっかりと維持できるんだろうけどね。
すべての作業が終わってホッとすると疲れがドッと押し寄せてきた。
しかし、そんな疲労感も心地よいもので。
「……少し風に当たるか」
なんだかすぐに眠る気になれず、草履を履いて裏口に出る。
当然、時刻は夜なので真っ暗だ。
王都のように光石で満たされているわけでもないので光源となるものは何もない。
俺の家の窓から漏れ出す光石や、空で輝いている月明かりだけが唯一の光源だ。
「綺麗な星空だな」
でも、それさえあれば十分だ。
過剰な光がないが故にこんなにも風景を自然に楽しめる。こんな風景、前世では拝めないだろうな。
王都では仕事を中心としながら拠点である屋敷で優雅に生活し、ハウリン村では人々と交流をしながらのんびりとした生活を送る。そんな二拠点生活を始めてから俺の異世界での生活は格段に楽しくなった。
「二拠点生活を始めてよかったな」
あのままエミリオと一緒に仕事をするという事も悪くなかったが、それだけでは得ることのできない充足感を抱くことができている。今の俺は間違いなく充実している。
仕事、人間関係……それらはどれも大事で生きていく上で切り離すことが難しいものだ。
辛くなって時にはどこかを切り捨てる選択をすることもあったりする。
前世の俺もそうだった。仕事や忙しさのせいばかりにして自分でつかみ取る努力をしていなかった気がする。
そのせいで多くのものを失って味気ない人生になってしまった。
だからこそ、今世ではそれらを安易に切り捨てないように努力をして、幸せな人生を掴みとろうと思う。
そう、これからも俺は王都と田舎で二拠点生活をして生きていこう。
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【作者からのお知らせ】
これにて異世界で始める二拠点生活の一章は終了です。
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書籍では書下ろしが三万文字以上ありますので、是非ともよろしくお願いします。
二章も時期をみて連載します。しばらくお待ちください。
異世界ではじめる二拠点生活~空間魔法で王都と田舎をいったりきたり~ 錬金王 @bloodjem
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