第22話 スライム

 ある朝学校に着いて、自分の席に座って鞄の中身を机に移しているとあることに気付いた。

 鞄の中に見知らぬカプセルが入っている。

 取り出して見て「ああ」とその存在を思い出す。

 見知らぬとは思ったが、自分の鞄の中身であるから忘れていたというのが正解だったようだ。

 それは学校帰りに駅前の本屋に寄った際、店内に置かれていたガチャガチャの景品。

 買ったはいいが、家に帰ってエロ本を読んでいる間に開けることすら忘れ、こうして学校まで持って来てしまったようだ。

 中身は何だったかはまだ思い出せていないが、まあカプセルを開ければ小さい紙に書かれた説明書きで判明するだろうと開けて見た。

 出てきたのはカプセルよりは小さい球体。

 説明書きを見れば『七色スライム』とのこと。

 それで思い出した。

 動画投稿サイト『ME TUBE』で最近見るようになったある投稿主が、スライムを使ってエロい音を出すというだけのASMR動画を投稿し、それを見た影響でなんとはなしに買ったのだった。

 件の動画はスライムから鳴る水音と、スライムが零れそうになって投稿主が慌てて上げる声がなんともエッチで良かったものだ。

 バッチリお気に入り登録も済ませている。


 さてこのスライムだが、出てきた球体の中に七色のどれか一色に染まったスライムが入っているらしい。

 シークレットが二種類あるようだが、全部の色が合わさった色とかだろうか。

 なんて予想しつつ、手の上でカプセルを転がす。

 そのうち手に取ってしまったからには開けて何色か確かめたくなってきた。

 ホームルームまではまだ少し時間があるし、ちょっと開けてみよう。

 両手で握り込み、捻る。

 どろりと中身が零れだしので、手で受け止める。

 出てきたのは白色。というか白濁色。

 予想外だった色に驚きながら右、左と手の平でスライムを流し渡しつつ説明書きを詳しく見ると、どうやら白、黒、赤、青、緑、黄、ピンクの七色だったらしい。

 虹の七色だと思っていたが、どうやら戦隊ヒーローカラーの七色だったようだ。

 だとするとシークレットは金か銀かな。

 なんてことを考えながらスライムを捏ねていると、隣の席の女子がこちらを見て驚きの声を上げた。


「えっ、なにそれ」

「スライムだよ。ガチャガチャの景品」

「あっ、そうなんだ。なにかと思った」


 凄い慌てようだったが、まさか精子だと思ったわけじゃないよな。

 白濁液を見ると僕はまずそれを連想するけど、女子だからそれはない……よな?

 ただ正体不明の物体に驚いただけということにしておこう。

 高校の教室で精子を捏ね回すような人物と思われていたとしたら泣けるし。


「触る?」

「いや、いいよ。遠慮しとく。でもそれはちょっと見たいかも」

「どうぞ」


 説明書きを指差されたので、許可を出すと手に取って読み始めた。


「七色あるんだ。シークレットって何色だろうね」

「多分金か銀だと思うよ」

「なんで分かるの」

「基本の色からの予想。戦隊物の特撮番組って見たことある?」

「んーん。ないけど」

「そっか。戦隊物って基本五色のキャラがいるんだけど、それがそこの白黒以外の五色ね。でお助けキャラっていうか後から加入する色をモチーフにしたのがあって」

「それが白黒と金銀?」

「そういうこと」

「へー」


 なんて会話をしていると、チャイムが鳴った。

 担任が来る前にと、スライムを球体の入れ物に戻す。

 隣の女子も「ありがと」と言って説明書きを返してよこした。

 間もなく担任が教室に入ってきてホームルームが始まったが、スライムを触った手がべた付いた感じがして気になり、何を話しているかは耳に入ってこなかった。



 一時間目が終わった休憩時間。


「しーいーな君」


 宮本さんが僕の席までやってきた。

 これまで休憩時間中に僕の席まで来るという事がなかった彼女が何の用事だろうか。


「朝ぁ柿崎さんと何かしてたよね。何か持って来たの」


 どうやら朝の出来事を遠くから見ていたようだ。

 柿崎さんというのは隣の席の女子の名前。ちなみに宮本さんとお揃いのBカップ。

 鞄を漁り、スライムが入った球を取り出して手渡す。


「これだよ」

「なぁにこれ」

「開けてみて」


 説明は省いて、開けるように促す。

 何故かといえば、スライムが出てきて慌てるところが見たいという純粋な欲望、いや興味が湧いたからだ。


「わっ、何か出てきた。なにこれぇ」


 僕は学校にボイスレコーダーを持ってくるべきかもしれない。

 いや、この宮本さんが白濁した液体(スライム)を受け止めている映像を収められるビデオカメラがいいか。

 スマホで今から撮影したいが、周りの眼もあるしできない。

 それはするとどんな意味を持たせているか察する奴がいかねないから。


「スライムだよ。ビックリした?」

「もぉー、ビックリしたよぉ。でも懐かしいなぁスライム」

「前に触ったことあるの?」

「うん。小学校の時だったかな。遊んだ記憶があるんだぁ」


 スライムって度々ブームというか、人気が出る時あるよね。

 僕も小学校の時に遊んだ記憶があるし。

 掌に乗せてダラリと垂れ下がる感触を楽しむ宮本さんを眺めながらそんなことを思う。


「ありがとぉ。返すから椎名君の手ぇ出して」

「はい。これ触った後手がべた付くから、手を洗ってきた方が良いよ」

「うん。そうする」


 スライムを球に戻しながら、先ほどの経験からアドバイスを送る。


「本当だ。べとべとするねぇ。あとちょっと変な臭いもするかな」


 おぉふっ。

 そのセリフと手の匂いを嗅ぐ仕草。宮本さんは狙ってやっているのだろうか。

 ちょっと僕が立ち上がるから、その膝元でもう一度同じセリフ、同じポーズをしてくれないだろうか。


「じゃあ私手ぇ洗って来るね」

「いってらっしゃい」


 僕もちょっとトイレに行きたいんだけど、時間は……少し足りないかもしれない。

 脳内保管して後で使おう。


「エッロ」

「なっ、発言がまんまだったな」


 周りの席で喋っていた男子がそんな会話を交わしているのが聞こえた。

 お前らは勝手に想像してんじゃないよ。

 KSPに訴えるぞ。

 せっかくいい気分だったのに。

 宮本さんは彼女ってわけじゃないけど、モヤモヤする。

 直接注意するわけにもいかず、机に頬杖をついて聞こえていないフリをした。

 教室の前を何を見るわけでもなく眺めやると、こちらを見ている人物に気付いた。


 綾瀬・A・菊花さん。

 まだ話したことが無い四天王の一角。

 僕と目が合うと逸らして、前に向き直った。

 はて、どうしたのだろうか。

 まさか僕に惚れて……。なんて夢を見るのは止めよう。そんな勘違いで傷心したばかりだ。

 だが気には掛かる事柄だった。


 でもそれよりも気になることが一つ。

 僕の手もスライムをまた触ったからべた付いていた。

 頬杖をついたからほっぺたも。

 チャイムが鳴る前にと、急いで手と顔を洗いに走るのだった。

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僕はおっぱいが揉みたい 足袋旅 @nisannko

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