岬日向(2)

みさき日向ひなたです……えっと、よろしく」

土御門つちみかど天音あまねです、よろしくお願いします」


 澄まし顔で口早に告げると、すぐに俺から視線を逸らす天音さん。


「ん? んー、ふむ……じゃあ、あたしはちょっと野暮用があるから、二人でさくっと自己紹介でもしてて、よろしくー」


 なにやら感じ取ったらしい有紗ありささんがそそくさと退室してしまいそうな勢いだったので慌てて引き止める。というか半べそですがりついた。


「まままってくださいよ! 有紗さん、それ今行かなきゃ駄目な用事なんですか!?」

「抱きつくなって! いやぁ、なんか二人に妙な空気感あるなぁって……巻き込まれるの面倒だし、あとその腫れ上がった顔を近づけないでよ、うつったらどうするの」

「ひとを感染症みたいに言わないでもらっていいですかね!?」

「とにかく! これから一緒に仕事をする仲間なんだから、わだかまりはさっさと解いたほうがいいって!」

「なら有紗さんもまじえて親睦会しましょう。うん、それがいい」

「あたしはほら、そういうの得意だし」

「ぐっ」


 そうだった、赤神有紗このひとは打ち解けた相手にはこんなんだけど、人受けがいい態度とかを使い分けるのが得意な人だ。

 お嬢様大学生の真似事と言ってぶたれたこともあるけど、有紗さんは長すぎないふわっとした髪型に女の子してますって感じのかわいらしい服装を好む。

 実際はざっくばらんな人柄で、女子力って概念と正反対の崖っぷちに立っているような状態なんだけど、アリスモードをしている時の彼女は初対面での印象がすこぶるいい。ちなみにスーパーアリサモードってのもある、どっちも自分で言ってるから、やはり中身にちょっとお察しな部分があるのは否めない。


「いやいや、天音さんの前ではもう猫かぶってないじゃないですか、いいんですか?」

「猫かぶり言うな! 日向が遅刻してる間にもう理解してもらってるから」

「遅刻はしてないですけどね! ぎりぎり!」

「とりあえず仕事に支障をきたさない程度には仲良くなっておくこと、ほら、天音さんも怪しんでるでしょ」


 いつの間にか小声で会話しており、一人だけ離れたところで置いてきぼりをくらっている天音さんがとても怪訝そうな目をこちらに向けていた。


「せ、せめてなにか仕事を……」

「あーもうわかったわよ。先輩面したいなら二人で事務処理しておいてもらっていい? 日向と天音さんの出勤管理表まだ作ってなくてさぁ、お、ね、が、い」


 あざとく片目をぱちくりさせて八重歯がのぞく小悪魔的スマイルでお願いされる。

その仕草で動揺して「うっ」と乱れる鼓動をしずめてる間に彼女は姿を消してしまっていた。


「ノートパソコン勝手に立ち上げていいの?」


 おっと、有紗さんが居なくなったからか、天音さんの口調が砕けた感じになっている。


「あぁ、ログインは俺がやるよ。その後の操作は天音さんやってみる?」

「……やってみる」

「俺もあんまり分かるわけじゃないんだけど、どうすればいいか分からなくなったら教えてな」

「たぶん、大丈夫」


 そうして新入社員様の操作をしばらく見守っていたが、慣れた手つきで表が修正されていく。どうやら有紗さんが出してくれた助け船は座礁してしまったらしい。

 特に教えることがなければ会話にもならず、俺は作業に集中する天音さんから離れ、ただ暇を持て余すのも悪い気がしたから来客用のテーブルを掃除していた。


(しかし、菓子類はさー普通は飴とかじゃない?)


 テーブルの隅に置かれた木造りの小さな籠。そこにぎっしりと詰め込まれているブロック型の栄養機能食品をひとつ手に取ってぼんやり眺めていると


「日向君って、リストにある岬朝日さんとどういう関係なの?」

「日向でいいよ。あの人は俺の母親……だからここで働いてるってことでもないんだけどさ」

「ふーん……あ、こっちも天音でいいよ。終わったから確認だけしてもらっていい?」

「する必要なさそうだけどなぁ」


 ぼやきつつも会話が途絶えるのも気まずいので、一応は確かめておこうとパソコンの画面を覗き込む。


「おー、おぉ……」


 両目を閉じて眉間の皺をつまみながら先程のやりとりを思い出す。いい感じに距離感が縮まってきたような気がしてたんだ。うん、見間違いかもしれない……もう一回。

 リストをまじまじと見つめて、すぐに天を仰ぐ。

 岬朝日、赤神有紗、土御門天音、そして……リスト上の俺の名前はというと――馴れ馴れしいゴミ。


「誤変換かな?」

「どこが?」

「え、いや、ほら、ここ……俺の名前、岬日向って入れないと」

「あ、ごめん、つい無意識で」

「無意識で!? 無意識で馴れ馴れしいゴミとか出ちゃう!?」

「出ちゃった……ってのは半分くらい冗談で……そろそろ朝の説明してくれてもいいんじゃない?」

「……だよね」


 有紗さんの助け船ってのが、業務上の会話じゃなくて俺と天音に因縁めいたものを感じたからだってのは分かってた。

 けど、実際問題……あの出来事に関しては俺も語れることが少ない。誰かに説明できるほど理解してるとは言えない。

 瓜二つの幽霊と暮らしてると話して誰が納得してくれるだろうか、いや、そこまで話してしまうと、それなら実際に会わせてという流れになりかねない。だから言えない。


「俺は端的に聞いてるだけなんだけど……母さ、朝日さんと有紗さんが抱えている案件の中に黄泉よみ化生けしょうってのがあるんだ」

「……よみけしょう?」

「黄泉はまぁ文字で想像つくと思うけど、化生ってのは化けて生まれるって書く。一般的に黄泉化生なんて呼ばれ方はしてないんだけど、ここ辺りではけっこう昔からある都市伝説みたいなもん、実家が土御門なら知ってる?」


 なんだか北極の動物を連想させる白い髪が微かに左右へ揺れる。言葉代わりの返答と捉えて説明を続ける。


「死んだ筈の人と遭遇するんだってさ……厳密には違うみたいで、見た目は故人とおおよそ似てるのに、接した人からすると中身に違和感を覚えるんだとか」

「私そっくりの誰かさんを見かけたことがあるってこと?」

「そういうこと」

「ちょっと待って、勝手に殺さないでくれる?」

「だから驚いたんだって……」

「生霊とも違うんだよね? だとすると異世界人絡みの現象かもってこと?」


 やはり土御門家の出だけあって、この現象と識訳師との関わり方について理解が早くて助かる。


「その可能性が疑われてるみたいだな、どういう方法か知らないけど、人に化けることができる異世界人が紛れてて悪戯してるんじゃないかって」

「故人に化けるなんて性質が悪いと思ったけど、今日になってその法則が崩れたってことね」

「まぁそうなるな、もしかしたら母さ……朝日さんと有紗さんは既に気付いてるかもだけど、話してみる価値はあると思ってたところ」

「普通にお母さんって呼べばいいのに」

「いや、立場上は仕事の上司になるし、正直……普段からあの人のことを母さんって呼ぶこともほとんどないからな」

「そうですかそうですか」


 あの人は……あの日について俺に何も話そうとしない。

 幼い頃、目の前で父親と妹が消えていくのを何もせずただ黙って見ていた背中へ、俺は必死に叫んでいた。でも届かなかった。そもそも向こうは俺の訴えに対して耳を塞いでいたんじゃないかとさえ思ってしまう。

 切実した事情があったのかもと都合よく解釈する日もある。でも、家族が離れ離れになっていい理由ってなんだよって怒りが今も確かに心の隅でくすぶっていた。


「それにしても有紗さん遅いね、もうお昼になりそうだけど」


 居心地の悪い沈黙と感じたのか、天音が俺の方を見上げて言う。


「元々、事務所を留守にすることが多いって理由で俺や天音が採用されたみたいだからな……俺は高校生の頃からちょいちょい事務所ここで過ごしてたけど」

「ひとりで?」

「ソシャゲあれば気付くと数時間経ってるしな」

「あー私もやるから分かる」

「お、なにやってんの?」


 てな感じでけっこういい具合に会話が弾み、すっかりわだかまりも解けたであろう達成感からか、俺は更に一歩詰めようと努めて気楽な風を装って切り出してみる。


「そういやお昼って用意してるの? ビルの地下に喫茶店あるんだけど、そこでご飯にしない?」

「いえ、結構です」

「調子のってすみません! 馴れ馴れしいゴミでほんっとすみません!!」


 即答だった。意を決して前進した結果ズタボロである、耐性低いから頭上にデバフアイコンたくさん並んでそう。


「あれは半分冗談だってば、もしかしたらお客さんくるかもしれないでしょ? その喫茶店はまた別の機会にお願い」

「あー滅多にお客さんなんて来ないんだけど、それもそうか……じゃあ俺ちょっと行ってきてもいい?」

「コンビニの袋持ってなかったけ?」

「昼食買ってきたからね」

「うん?」

「買った……買ったが、まだ食べる時と場所の指定まではしていない。俺がその気になれば……明日でも明後日でも」

「はいはい、そういうのいいから」

「ちょっと用事もあってね、悪いな……そこで食べるからちょっと留守番頼みます」

「気にしないで、ひとりの方が気楽だし」

「ふぐっ」

「今度はなに!?」

「いやちょっとATフィールドにぶつかった反動がきつくて……」

「しょうもないこと言ってないで行くなら行ってきてどうぞ」

「……ふぁい」


 とぼとぼと、天音をちらちら振り返りつつ扉へ向かう。


「早く行く!」

「はい! すみません!」


 良心の呵責作戦も失敗に終わり、俺は満身創痍の状態で単身魔王城へ挑むことになった。

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