第34話 産声
ルヴィから見たハウエルは、少し抜けているが気のいい仲間だ。産まれや身分など、苦楽と共にしてきた事実に比べれば些細な問題でしかない。
ゆえにハウエルが村にいたいと望むのなら、たとえ国の重鎮が相手だろうが口を挟むつもりでいる。
今のところ策は一切ない。正当性もない。なにより情報が足りなかった。
手持ちが乏し過ぎて笑いたくなるような状況だ。だがしかし、足りないのはルヴィにとって日常と言ってもいい。
余裕がないことは、動かない理由にはなり得ないのだ。
逆境にいる仲間を援護するために、ルヴィはロイが語る情報へと意識を集中した。
「まず、あいつの家は封印五家と呼ばれる古い貴族の一つだ。光のホロワイト家。ハウエルはその次男だな。兄貴の方が当主を継いでいる」
「貴族の常識には疎いんだが、次男でも家から出られないものなのか?」
平民の農家であれば、畑を継ぐのは長子だけだ。下の者は長子を手伝うなり、自分で畑を拓くなり、他所へ働きに出るなり、ある程度は自由に選ぶ。
ハウエルも家を継がないのであれば、比較的自由に行動できるのではないか。
そう考えたルヴィの問いに対し、ロイは首を左右に振った。
「確かに、家名を捨てて平民として生きることを選ぶ奴はいるにはいる。だけどハウエルには無理だな。あいつは当主の座にこそ着かなかったが、封印の術師としての役割を継いでいる」
「……悪い、ロイ、さっきから言っている『封印』というのは何だ?」
「名前どおり、あらゆるモノを封じる特別な魔術だ。国の秘儀ってヤツさ。この国もそこそこ長い歴史があるからな。人には見せられないモノやら、手に負えない劇物やら、劣化させたくない国宝やら色々とあるもんだ」
「ハウエルはその封印術の使い手だと?」
「正確には使い手の一人だな。帝国の封印術は世にも珍しい五重の合成魔術だ。使うには封印五家から一人ずつ、5人の術師が必要になる。それも最上級の腕前を持つ人間が5人、だ。ハウエルはあれでも、この国で一番腕の立つ光の術師だぜ」
「……それほどの能力があって、なんでハウエルは当主にならなかったんだ?」
「あー、まあ、あれだ。魔術の腕前と、当主としての適性は関係ないからな。ハウエルは光の魔術に関しては飛び抜けた才能を持ってるが、それ以外の評価はちょっとアレだ。それに、本人も当主には兄貴を推したらしい」
「確かに、ハウエルが自分から当主をやりたがるようには見えないな。……いや、それよりも。ロイ、今の話を聞くと、ハウエルの役割は国にとってかなり重要なものに思えるんだが」
「実際そうだぜ?」
「……それにしては、なんというか、ハウエルの奴はかなり呑気に過ごしてなかったか? 封印術というのは、術者が管理しなくても大丈夫なものなのか?」
どれほど魔力を籠めようと、魔術が永続的に発動し続けることはない。それがルヴィの持つ常識だ。
「村長、その点は安心していいぜ。封印術はそんなに頻繁に手を入れる必要がある魔術じゃあない。確か、一番寿命が近い術でもあと10年くらいは余裕があるはずだ」
「そうか……それならいい。さすがにハウエルが仕事をサボったせいで術が崩れていたら、援護のしようがなかったところだ」
というより、その場合には自分の首も飛んでいたかもしれない。
ハウエルが罪人となれば、匿っていたと見られるルヴィも無罪とはいかなかっただろう。
「しかし……封印術の維持がその頻度なら、ハウエルはこの村に住み続けてもいいんじゃないか? 仕事があるときに出向けばいいだろう」
「ハウエルの仕事が封印術だけだったら、それで良かったかもな」
「別な仕事もあるのか……」
その仕事も放り出して出奔したのなら、それは怒られても仕方ないだろう。と、ルヴィはハウエルを見た。
ルヴィの位置からハウエルの顔は見えないが、正面にいるバートレストは泣く子も黙りそうな形相を浮かべている。
「もしかして、その仕事の上司があの人なのか?」
「おう、当たりだ」
「内容は?」
「熟成されたクソどもを牢屋にぶち込むこと」
「は?」
聞き間違いかとルヴィは振り向いた。ロイはそんなルヴィの反応に笑っている。
「さっきも言っただろ? バートレストの異名は『炎の断罪人』だってな。あいつは皇帝の懐剣。私欲に溺れ、国に仇なす貴族を斬るためにいる男だ。で、ハウエルはバートレストの部下で、主な役割は不正の証拠集めってところか」
「ハウエルには似合わない役割だな」
ルヴィから見て、ハウエルは荒事に向いた性格ではない。光の魔術によって身を隠せるのかもしれないが、体の使い方は未熟だ。
仮に森の中であれば、ハウエルが透明だったとしても発見できる自信がある。
「似合わねえのは確かだが、ハウエルの魔術は証拠集めに便利らしくてな。それに目を付けたバートレストが、実家で呑気に修行していたハウエルを引っ張ってきたわけだ」
「それはハウエルにしか出来ないことなのか?」
「難しいと思うぜ。証拠集めに使う魔術は、見えている光景をありのままに記録するってヤツだ。光の魔術でも難易度が高いらしい。そもそも光の適性が強い奴自体が珍しいからな。さらに信用できるって条件がつくなら、国中ひっくり返してもほとんどいねえだろ」
「なるほど……これは、弱ったな」
ルヴィは低く呻いた。解決策が浮かばない。
今の帝国は改革の途上にある。現皇帝は国の古い膿を出し切るつもりだと、多くの民は期待の視線を向けている状況だ。
実際、昨今の貴族の腐敗は酷かった。平民を同じ人間とは思わないような行動には、多くの国民が恐怖を覚えていた。
ハウエルが国を変えるために重要な役割を担っているのなら、引き留めることで要らぬ犠牲がどこかで生まれてしまうのではないだろうか。
そうルヴィは思い悩む。
「ハウエルの代わりがいないのが痛いな……。ロイ、不正を働いている貴族を全て捕らえるとして、どのくらい時間がかかるか予想できるか?」
「俺も城から離れたからはっきりとは言えねえが……まあ、まだ何年も必要だと思うぜ。上手く尻尾を隠す奴が多いからな」
「……証拠を記録する魔術がハウエルにしか使えない。仕事にはまだ何年もかかる。……これ、どうすればいいんだ?」
「せめて休暇のときにはここに帰れるように、バートレストに頼んでみるか?」
それが現実的な案かと考えたときに、ルヴィの耳は新たな蹄の音を捉えた。車輪の音も聞こえる。
「ロイ、馬車が村に近づいている」
「おいおい、今日は来客が多いな。今度はいったいどこの誰だ?」
2人で村の入り口を見る。ルヴィは警戒して弓を引き寄せたが、現れたのは見知った顔だった。
「……ゼツのおっちゃんだな」
「だな。……だがまだ来る時期じゃねえはずだろ?」
ルヴィとロイは顔を見合わせた。今日は予想外のことが多すぎる。
2人が見つめる先で、この村と取引する唯一の行商人が御者台から大きく手を振って近づいて来た。隣には弟子のリィーンも座っている。
「おーい、ルヴィ! 無事かー?」
その声に近くにいた騎士が反応したが、ゼツの顔と馬車を見て作業に戻った。
ルヴィには経緯がさっぱり分からないが、騎士はゼツのことを知っているらしい。
困惑するルヴィの前で馬車が停まる。
転がるように降りてきたゼツが、慌ただしくルヴィの全身を観察した。
「怪我はねえみてえだな。いやあ、本当に良かったぜ! 他の奴らも全員無事か?」
「あ、ああ、村の人間に怪我はない。……それよりも急にどうしたんだ? 何でおっちゃんが事情を知ってる?」
ゼツは驚いたように両手を広げた。
「おいおいおい! 帝都にいる騎士様が、森ン中にあるこの村の詳しい場所を知ってるわけがねえだろうよ。俺らが途中まで案内したんだぞ?」
「……ああ、言われてみれば、その通りだな」
ここは他所の人間なんてほとんど来ない辺鄙な地だ。領主ですら大雑把な地図しか持っていないだろう。
騎士が地理に明るい者を雇うのは当然か。
ロイも得心したように頷いた。
「そんじゃあ2人は俺の恩人だな。ゼツの旦那もリィーンもありがとよ。騎士の到着がもう少し遅かったらヤバかったぜ」
「そうだな。俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう、2人とも」
ルヴィは深く頭を下げた。軽く見た限りでも、ゼツの馬は疲労が濃いように見える。かなり無理をしてくれたのだろう。
感謝を示すルヴィに、ゼツは豪快に笑って見せる。
「なに、この村に何かあった日にゃあ、せっかく軌道に乗り始めた商売も台無しになっちまう。気にしなくていいぞ。それに元々、この村には急ぎで来たかったところだ」
「ウォルファーさんから、なにか言伝でもあったのか?」
急ぎの用事でルヴィが思いつくのは、帝都に下ろしている薬の材料のことくらいだ。
良い知らせか悪い知らせか、とルヴィが身構えると、ゼツは笑顔で首を振った。
「いやいや、そうじゃねえ。ちょいと懐かしい奴からの届け物を預かったのさ。ちょっと待ってろ。今下ろすからよう」
ゼツは機嫌の良い顔で馬車の荷台から木箱を一つ持ってきた。一抱えもある大きさだ。
訳も分からず受け取ると、想像よりもかなり軽い。
「開けてみろよ」
ゼツがそう勧めてくる。
ハウエルの件を優先したいので今は断ろうかと思ったが、どの道手詰まりだったことを思い返し、開けるだけ開けてみることにした。
木箱を開けてみると、中にある物が壊れないように
藁を掻き分け、最初に目についた封筒を手に取る。手紙のようだ。
差出人は――『自由貿易都市リリアナのコーサク』となっている。
「変わった名前の奴だな。知り合いか?」
隣でロイが言った。
「ああ……名前だけじゃなく、性格も少し変わっている……俺の大事な友人だ。」
視線も向けずにロイへと返し、封筒を開ける。中の紙には懐かしい筆跡の文字が並んでいた。
大部分は近況を綴った内容のようだが、ざっと10枚以上ある。じっくりと読みたかったが、今は時間がない。
ひとまず全て
役立ちそうな魔道具などを送ってくれたようだ。心の中で感謝して――ルヴィの目はある魔道具の説明へと止まった。
「――」
手紙を封筒に仕舞い、木箱の中へと手を差し込む。目当ての物はすぐに見つかった。
木箱の中でさらに木箱に入れられており、ご丁寧に表面に名前が書かれている。
その箱を取り出して開くと、中には魔道具がひとつ収められていた。使い方の書かれた紙まで入っている。
食い入るようにルヴィはその説明書きに目を走らせた。
「……おーい、村長。どうした?」
「ロイ、ちょっとそこに立っていてくれ」
「ん、ああ」
ロイは事情が読めないながらも大人しく指示に従った。向けられる不審そうな視線にも気付かず、ルヴィは一心に魔道具を弄る。
説明書きと魔道具を交互に確認し、ようやくルヴィは顔を上げた。
「ロイ、ちょっと『オニギリ』と言ってみてくれ」
「は? なんだって?」
「意味は分からなくていい。頼んだ」
ルヴィは魔道具を掲げ、ガラスのレンズが嵌められた面をロイに向けた。
真剣なルヴィの目に、ロイは諸々の疑問を飲み込んで唇を動かす。
「オ、オニギリー……?」
ロイが言い終わった瞬間にルヴィが魔道具を操作する。パッと周囲が眩い光で照らされた。
「う、おおっ!? なんだ!?」
真正面から不意打ちで光を浴びたロイが顔を押さえて後退る。
「すまない、ロイ、光るとは思わなかった。……確かに書いてあるな。『フラッシュ機能』?」
謝りながらもルヴィは魔道具に意識を向けている。
「……おーい村長、けっきょくソイツは何だよ」
「ちょっと待ってくれ……こうか?」
蓋の開いた木箱に向けて魔道具を操作する。光が放たれ、木箱の側面で像が結ばれた。
そこには引き攣り気味の笑みを浮かべたロイが映っていた。
「……俺だな」
「ほう、こいつはまた……初めて見る魔道具だな」
「お金になりそうですね」
ルヴィ以外が感想を述べる。ルヴィは説明書きの概要へと再び目を通した。
「目の前の光景を情報として記録する魔道具、らしい。名前は……キャメラ?」
「……それ、どれくらい記録できるんだ?」
「とりあえず、『娘の絵が200枚入っている』とは書かれてる」
ルヴィとロイは顔を見合わせた。
「ロイ、ハウエルの重要な役割はなんだった?」
「現場に行って不正の証拠を記録することだ。……ああ、言いたいことは分かるぜ、村長」
ルヴィは頷く。
「魔道具で光の魔術の代わりができるなら、ハウエルの仕事は減らせるはずだ」
「いけそうな気がしてきたな。だけどいいのか村長? そいつを作った奴に許可を取らなくてもよ」
「報告は後でする。村の仲間のために必要だったと言えば、あいつならたぶん許してくれると思う。駄目だったら俺が怒られよう」
「そんときには俺も一緒に謝るぜ。よし、そんじゃあ行きますか。村長、軽い火傷は覚悟しとけよ?」
「火傷で済むなら安いもんだ」
軽口を叩き合い、2人はバートレストに向けて歩き出した。
ハウエルにひたすら説教をしていたバートレストも、当然接近する2人に気が付く。
バートレストは一瞬ロイを見た後、ルヴィへと向き直った。堂々とした立ち姿からは、多くの経験と苛烈な自負が窺える。
バートレストが重々しく口を開いた。
「ここの長か。私の名はバートレスト。皇帝陛下より治安維持の命を与えられている者だ。生活を脅かした賠償は、後ほど送る役人と交渉してくれ。――ああ、それと、私の部下が長らく迷惑をかけたようだな。その分の金額も上乗せすることを約束しよう」
話は終わりだ、とばかりにバートレストが視線を外す。
ルヴィは思わず苦笑した。実際、名のある貴族が辺境の村長へ向ける態度としてはバートレストが正しい。直接会話をしてくれるだけありがたいくらいだ。
異を挟もうとするルヴィは、どう考えてもおかしい。
――それでも止まるつもりはないのだが。
「待っていただきたい。彼はこの村の住人です。勝手に連れ出されては困ります」
バートレストの動きが止まる。
「――ほう?」
燃えるような視線が向けられた瞬間、ルヴィは全身の肌が粟立つ感触を覚えた。
貴族が貴族たる
肌が焼けたと錯覚するほどの威圧を前に、ルヴィは臆することなく立ち向かう。
故郷と同胞を全て失い、死んだように暮らしていた過去を想えば、目の前の威圧感など大したものではない。生きている実感が湧いて丁度いいくらいだ。
そう半ば虚勢を張りながら、ルヴィはバートレストの目を見る。
「ロイから貴方の使命とハウエルのことは聞きました。その上で提案させていただきたいことがあります」
「私に、それを聞く義務があると思うのか?」
ゆっくりと、バートレストが問う。燃え上がる直前の穏やかさのようだった。
視界の隅ではハウエルが慌てたように手を振っている。
そこに、ロイが言葉を挟んだ。
「聞かないと損だってことは俺が保証するぜ。それでも聞かずに帰るか? バートレスト」
バートレストがロイを見る。片方の眉が少しだけ動いた。抱いた感情は疑問と驚きか。
「貴方は、それで良いのですな?」
「俺は常に後悔のない選択をしているつもりだ」
バートレストとロイの視線が交差する。引いたのはバートレストだった。
「いいだろう。提案とやらを話せ」
ルヴィは暴れる心臓を押さえ込むように深く呼吸をした。森の中にいるように精神を整える。
仲間の未来がかかった交渉だ。成功させるのみ。
「ハウエルの代わりができる魔道具があります。今、ここに」
ルヴィは説明を始めた。実際に機能を見せ、使わせ、有用性を訴える。ロイが呼吸を呼んだようにフォローした。
バートレストはほとんど口を開かない。仮面のような表情で、魔道具に冷静な目を向けている。
「――この魔道具を配備すれば、ハウエルに頼る必要はなくなるはずです。ご一考いただけることを、伏してお願い申し上げます」
説明を終え、ルヴィは地面に膝をつき首を垂れた。見えるのはもはや地面だけ。バートレストの表情は窺えない。
痛いほどの沈黙の後、バートレストが口を開いた。
「有益な提案だった。ご苦労。貴様の言葉とこの魔道具には、利用を検討するだけの価値がある。可能であれば、この魔道具の配備を進めたいところだ」
「では――」
「だが」
ルヴィの言葉は遮られる。見上げたバートレストの表情は変わらない。
「それがハウエルを休ませる理由にはなり得ない。ハウエルには仕事をさせた上で、この魔道具も活用する。そうすれば、より早く陛下のお望みが叶うだろう」
「……ッ」
ルヴィは歯噛みする。もはや策はなかった。
「貴族とは血に責を負う者だ。このような僻地でただ身を腐らせるなど、許されるものではない」
ルヴィは何かを言おうと口を開く。だが、説得のための言葉がない。
懸命に言葉を探していると、視界の端で立ち上がるハウエルの姿が見えた。
「ありがとう、ルヴィ殿。だけどもうよいのだ。誰が悪いのかと言えば、初めから私が悪かった。……いや、本心を言えば、面倒ごとを起こしてくれる貴族たちに文句が言いたいところなのだが」
ハウエルは自嘲するように弱々しい笑みを浮かべている。
「ようやく理解したようだな。戻って義務を果たせ。ハウエル」
「……ええ、分かりまし――」
「おいおい、全員揃って大事なことを忘れてるぜ?」
誰もが声の主に振り向いた。注目を集めたロイは、両腕を広げて自信に満ちた笑みを浮かべている。
「なあ、バートレスト。スルズフォードから聞いたんだが、この村のすぐ近くには“大切な墓”があるらしいな」
伝説にうたわれる英雄。龍殺しの剣士。遠い過去、国の危機を幾度も救った英霊がこの地には眠っている。
ロイが指を立てた。
「墓の場所は俺ですら知らなかった秘密だ。さらに封印の術者であるハウエルにも知らされていないなんて、異常としか言いようがない。余程厳重に情報を規制したいらしいな。――さて、それは何故だろうな」
ロイは畳み掛けるように言葉を続ける。
「ご先祖様の気持ちを想像してみよう。帝都の
誰もロイから目を逸らせない。
「ああ、分かるぜえ。剣士様は平民の出だ。いくら武功を重ねようと、いや、重ねるほどか? きっと城での風当りは強かったんだろうな。ヒトの性質なんて今も昔も変わらねえ。苦労しただろうよ。国の墓に入るのが嫌になるくらいな」
ぐるりと、ロイは腕で周囲を示した。
「せめて終に眠る場所くらいは、静かな故郷にしたいと思ったんだろう。たぶん遺言書なんかも残ってるんじゃないか? 最も、国の英雄が霊廟で眠ることを断った、なんて絶対に外には出せないだろうがよ。どうだバートレスト? 当たってるか?」
「さて……私は憶測で物を言う立場ではありませんな」
「そう言うと思ったぜ。だがバートレスト、現に英雄の墓はこの地にある。そして今日、ただ静かに眠ることを望んだ英雄の墓を暴こうと、馬鹿な不届き者が現れた。今日は無事に撃退できたな。だけど次がないと断言できるのか? 次もその次も、騎士たちが間に合うと?」
「……」
バートレストが初めて黙る。
「何を考えてるのか分かるぜ。兵の常駐は悪手だよなあ。大事なモノがここにあるって教えるようなもんだ。ここに誰かを置くとするなら、信用できて腕のある奴を1人か2人選ぶしかない」
「……それにハウエルを選べと?」
「何かを隠したいとき、一番役に立つのは光の術師だろ」
ロイとバートレストの視線がぶつかる。ロイは挑むように笑った。
「何も一年中ハウエルをここに拘束しようってんじゃない。そっちの仕事もちゃんとやらせるさ。ただ拠点をここにするだけ。幸いなことにハウエルの代わりができる魔道具がここにある。――余計な火種はまとめて隠しちまうべきだと思わねえか?」
「……」
沈黙。バートレストはロイの言葉を深く精査している。
ロイは自信満々という笑みでバートレストを見つめている。だが、ルヴィの位置からはロイが隠れて手汗を拭う様子が見えていた。
ハウエルも沈黙に耐えかねるように脂汗をかいている。
どれくらい時間が経過したか曖昧になった頃、ようやくバートレストが口を開いた。
――が、続く言葉はなかった。
遠くから届いた泣き声が、その場にいた全員の意識を逸らしたからだ。大人のものではあり得ない、名状しがたい幼い泣き声。
発生場所はカルヴィンの家だ。産声だと、遅れてルヴィは気付く。
同時に太い咆哮が加わった。カルヴィンが上げる歓喜の叫びだ。
家の中から一気に騒がしい気配が溢れてくる。
バートレストは開きかけた口を閉じ、ロイに向き直った。
「賑やかな村ですな」
「おう。これからもっと賑やかになるぜ」
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