第22話 冬の一日

 冬がやってきた。

 村は寒さを集める氷龍の恩恵によって雪こそ降らないものの、吹き抜ける風は冷たく鋭い。


 この日村人たちはルヴィとエミリーの小屋に集まり、春からの方針を話し合っていた。


「――家を建てることを優先しよう。……さすがに素人作業の小屋は、寒い」


 車座で集まる仲間たちを見渡し、ルヴィはそう言った。座る各人の間隔が狭いのは小屋そのものが狭いせいもあるが、単純に寒いからだ。


「ぜひお願いしたいっす。火が消えた朝は凍えるっすよ」


 体の小さなアニスが真っ先に賛成の声を上げた。


 季節は冬。寒いのは当然だった。だが、それにしてもルヴィたちが建てた小屋は断熱性が低かった。

 夏場はまだ良かったが、冬になるとすきま風が厳し過ぎる。


「それにこのまま小屋だけ増やしていくと、後々家を建てる土地に困ることになる」


 ルヴィの村は元々それほど広くない。木々を倒し、土を均せば家を建てられる土地も増やせるが、そのための余力があるとは言えなかった。


「家の建設を優先ってことは、しばらく人は増やさねえのか?」


 ロイが聞く。


「ああ。そのつもりだ。ウォルファーさんに売る素材は今の量で目一杯だ。これ以上は採りすぎになる。人を増やしても稼げる金は変わらないだろう」


「来年は金を稼ぐことに専念するってことか。まあ、俺は構わねえぜ」


「おう村長、大工の当てはあんのか?」


 珍しく真剣な顔でカルヴィンが尋ねた。


「今のところは町の大工に頼もうとは思っている。ただ、ゼツおっちゃんにも流れの職人がいないか探してもらっているところだ。どちらにしても決まったら俺が頼みに行く」


「そうか。ならいいが――」


 カルヴィンが何か思いついたように膝を叩いた。


「そうだ。どうせ村で家を建てんなら、俺が大工仕事を覚えるか! ちょっくら職人に弟子入りしてくるぜ!」


 豪快に笑うカルヴィン。ルヴィにとってはありがたい申し出だった。むしろ自分で覚えようかと思っていたくらいだ。


「助かる。カルヴィンが覚えてくれるなら、これからは村の中だけで家を建てることができそうだ」


 そう簡単に行くかはルヴィにも分からない。ただ、挑戦する価値はあると思っている。

 どの道、国の端に小さくあるような村のこと。小屋よりも少しマシな家を建てることができれば十分だ。


 気楽に笑うカルヴィンの隣で、フィリダが心配そうな表情を浮かべる。


「ねえ、ルヴィ。大工の当てはともかく、お金は大丈夫なのかい?」


 問いに答えたのはエミリーだ。


「そんなに余裕はないですけど、大丈夫ですよ。春になってからもう少し素材を売れば、家を何軒か建てるくらいには届きます」


 元々冒険者として稼いだルヴィの貯金と、ここ数ヶ月で稼いだ村の金。村で自給できる部分も増えたため、まとまった金額を使うことに問題はなかった。


「そうかい……? でも、わたしたちの家は自分でお金を出すよ。元は銀級の冒険者だからね。蓄えはそれなりにあるんだ。いいよね、アンタ?」


「おう! もちろん構わねえ」


 軽く大金を出すことを決めた2人を見て、アニスは隣に座るハウエルの耳元で囁く。


「師匠、師匠。お金どれくらいあるっすか?」


 小声のアニスに、ハウエルも同じく小声で返した。2人でコソコソと会話する。


「……うむ。残念だがアニス。私は金を最低限しか持って来ていない。財産のほとんどは家か城に置いてある。……取りに戻れば捕まるだろうな」


「せっかくお給料は良かったのに、意味ないっすね……」


「仕方ないだろう。悠長に準備をしていては室長に怪しまれるのは確実だったのだ。それに、こうして金が必要な状況が来るとは予想していなかった」


「師匠は甲斐性なしっす」


「ぐっ……」


 弟子にじっとりと見上げられてハウエルは小さく唸った。


 ハウエルは次男であるとは言えれっきとした貴族であり、仕事柄給料も高かった。

 それこそ辺境の村一つを丸ごと買い上げて開発するくらいの財産はある。だが、大手を振って取りに戻れない状況では、その財産は無いも同然だった。


 2人のやり取りが聞こえていたロイが、苦笑しながらルヴィに向かって手を挙げる。


「ルヴィ村長、悪いが俺らは金を出せねえぜ。金に換えられる物もなくてな」


 ロイの隣ではシエラも申し訳なさそうに頭を下げている。


 ロイは皇族の血筋ではあるが、母親の身分からほとんど何も与えられていなかった。現皇帝の兄とは言え、金も価値ある物も持っていない。


 死んだ際に皇帝との関係を疑われることを防ぐため、弟からの餞別も全て拒否している。あるのは城で読んだ本の知識と己の身だけだった。


 シエラも城からこの村まで安全に移動するために貯めた金を使っているので、手元にあるのは本当に最後を保険として持っているものだけだ。


 そんな事情まで知る由もないが、ルヴィは問題ないと首を振った。


「ロイ、気にしなくていい。村の金は全員で稼いだものだ。それならみんなのために使うのが正しいだろう。ハウエルとアニスも気にするな」


 ルヴィは仲間の顔を見渡した。ロイが頷く。


「そう言ってくれると助かるぜ。家の金の分も、これから気合入れて働かねえとな」


「うむ。精一杯勤めよう」


「アタシも素材の加工頑張るっす!」


「ああ、頼んだ」


 春からの目標が決まる。その他に細々としたことを話し合って、8人は解散した。




 6人が出て行った小屋の中で、ルヴィは燃えるかまどに薪をくべた。人が減ると寒さが増す。

 ルヴィは平気だが、エミリーは寒さに強くはない。


「ありがとうございます。新しいお茶を淹れましょうか」


「ああ、頼んだ」


 茶葉を用意するエミリーを見ながら、ルヴィは新しく建てる家のことを考える。

 建てる場所のこと、大きさのこと。


 このまま復興が進めば、ルヴィは名実共に村長となる。ルヴィとしては家など住める最低限の広さと快適さがあれば良いが、村長としては見栄えのする家が必要なのだろうか。


「ルヴィさん、お茶をどうぞ」


「ありがとう」


 エミリーに淹れてもらった茶を飲む。村の近くで採れた薬草を茶葉として使っているものだ。

 香りに少し癖があるが、体の内から温まる。


「エミリー。村長としての家は、大きい方がいいと思うか?」


「そうですね……やっぱり村の顔となる場所なので、ある程度の大きさはあった方がいいと思います」


「……行商以外は誰も来ないような村でもか?」


「正式に村になったら役人の方も来ますよね? 村には宿泊場所がないので、もし泊まるとすれば村長の家になります。お客様が来る可能性もありますし、部屋の数には余裕を持った方がいいですよ」


「そうか……確かに村長と家族以外の人間も家に泊るな」


 ルヴィの記憶の中にある役人は言いたいことだけを言ってすぐに帰って行ったが、新しい領主の下で働く役人が同じだとは限らない。税の話し合いなどが長引けば宿泊することもあるだろう。


 そして……忘れていた訳ではないが、村に来る客は一組確定している。約束があった。


 もっとも、本人はあの変わった馬車で寝泊まりするつもりかもしれないが。とルヴィは小さく笑う。


「それなら、金は掛かるが家は少し広く作るか」


「それがいいと思います。職人さんを何度も呼ぶと必要なお金が増えるので、村の家は同じ時期に建ててしまいましょう」


「ああ。エミリーは家の造りに希望はあるか?」


「そうですね。私は――」


 寒風に震える小屋の中で、2人は新居について語り合った。




 ハウエルは自分達の小屋の中で一つの魔術を使う。


 いつのもように白い光の球が小屋の中に浮かんだ。ただ一点異なるのは、いつもと違い光球が温かいことだ。


「火と光の複合魔術というものだ。アニスには冬の間に覚えてもらう。寒いからな、ちょうどいいだろう」


「はえ~、温かいっす。……でも詠唱が長すぎじゃないっすか?」


「2つの異なる精霊へ意思を伝えるのだから当たり前だろう。咄嗟に使うには厳しいが、使えるようになると便利だぞ」


「ん~、確かに。触っても火傷しないのに、明るくて温かいのは魅力的っす。今日はこれ抱いて寝たいっすね」


「言っていなかったが、複合魔術は通常の魔術より魔力の消費が大きいことが特徴だ。朝までは無理だぞ」


「……そうっすか。ていうか、それならアタシの魔力量じゃ元々厳しいっす」


「案ずるな。慣れれば必要な魔力も減る。練習あるのみだ。これまでは時間に余裕がなくアニスの修行を進めることができなかったからな。冬の間は付きっきりで教えてやろう」


「うへえ……程々でお願いするっす」


 少し嫌そうに言いながらも、アニスは素直に魔術の練習を開始した。




 カルヴィンは小屋の中でゴロリと横になった。


「家か……そういや自分の家を持つのは初めてだな」


 カルヴィンとフィリダは各地を移動しながら冒険者として活動していた。帝都にいた期間は長かったが、それでも定住のために家を買ったことはない。


「なにしみじみと言ってんのさ。ここで暮らすって2人で決めたじゃないか」


 狩りで破れたカルヴィンの服の袖を縫いながら、フィリダは軽く笑った。


「そりゃあそうだが、実感ってもんがあるだろ」


 旅も冒険も本当に終わりだと思うと、カルヴィンは少し寂しさを感じた。安寧の代わりに失ったものは確かにある。


 カルヴィンは寝たままモゾモゾと床を這い、フィリダの膝に頭を載せた。


「繕い物の邪魔だよ」


「いでっ」


 フィリダが膝を動かし、カルヴィンの頭を床に落とした。ゴン、と重い音がする。


「アンタの頭は重いんだ。暇なら薪でも切ってきな」


「へいへい……」


 カルヴィンは何事もないように起き上がり、小屋の外へと向かった。


「家、なあ……」




「家だってよ、シエラ。最初来たときには何もなかったが、復興も進んで来たもんだな」


 小屋の中でロイはシエラに話し掛けた。手には藁。縄を綯う準備をしているところだ。冬の暇つぶしを兼ねた作業である。村では縄の出番も多い。


「嬉しそうですね。ロイ……さん」


 シエラはロイの表情を見て微笑んだ。


「シエラはいい加減に俺の呼び方に慣れろよ。……いや、それはそれとして、そんなに嬉しそうな顔をしていたか?」


「はい。とても」


「そうか?」


 ロイは自分の顔を手で撫でた。


「まあ、俺たちが来たときには、壊れた家と自然に飲まれた畑しかなかった村だ。ルヴィは納得してないみたいだが、かなり進んでると思うぜ。それに関わって特等席で村が出来ていくのを見るのは……確かに、思ったより楽しいな」


 ロイは心からの笑みを浮かべる。

 城で飼い殺しにされていては、絶対に味わうことのできなかった感覚だ。


 何かを成す機会を与えられなかったロイには、自分の働きの結果が目に見えることが楽しくて仕方ない。

 失敗も成功も等しく大切な経験だった。


 シエラは主の幸福にどこまでも優しく微笑む。


「これからも頼むぜ、シエラ」


「はい。当然です。ロイ様の幸せは私の幸せでございます」


「……“様”付けしたから、今日の茶は全部俺が淹れる」


「はうっ!」


 ロイの世話を生き甲斐としているシエラは、しまった! という表情で身を固めた。

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