第4話 仮宿と不審な痕跡
今は名もなき村の跡地で、ルヴィは自分で建てた小屋を眺めて一息ついた。春の日差しの中、木材のみで作った小屋は、周囲の緑に溶け込むように佇んでいる。
「まあ、こんなものだろう」
小屋は粗末ではあるが、大人2人が寝泊まりして、少ない荷物を保管するには十分な出来だ。
これでようやく狭い馬車で寝る必要がなくなった。そう考えながら、ルヴィは工具と木材を片付ける。
そんなルヴィの元に、近くにいたエミリーが近づいて来る。
「ルヴィさん、お疲れ様です。完成したんですね!」
エミリーが声を弾ませながら話し掛ける。自分達の住居の完成は、エミリーにとっても嬉しいことだ。
「ああ、一先ず仮宿の完成だ。そのうち大工を呼ぶまでの繋ぎだな」
自分で言いつつ、大工に頼む費用を想像してルヴィは視線が遠くなった。残念ながら、移住希望者の中に大工はいないのだ。
ルヴィの表情を見て、エミリーは気合を入れたように拳を握る。
「まだ始まったばかりですからね。頑張ってお金を稼ぎましょう!」
エミリーの様子に、ルヴィの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
「そうだな。一歩ずつ進めるか。まずは小屋の中の整理からだな」
「はいっ、私も手伝いますっ」
「エミリーの作業は終わったのか?」
「ええと、ちょうど乾燥工程に入ったところです。乾くまでは放置ですね。それにしても、“雷雲茸”が近場に生えているなんてすごいですね。かなり高価な薬の材料ですよ」
「近場と言っても、ある程度森に入った場所だけどな。高級品だと知っていれば、前から売っていたんだが……」
普通に採取していた茸が高級品だと分かったのは、帝都で冒険者になってからだ。もっと早く知っていれば、少しは生活が楽になっていただろうに、とルヴィは苦笑した。
「えと、今までは何に使っていたんですか?」
エミリーの気を遣ったような話題の変更に、ルヴィは意識を切り替える。懐かしの故郷に帰ってきたせいか、どうしても昔を思い出すことが多い。だが、年下の少女に心配を掛けるのは良くないだろう、とルヴィは内心で反省した。
気分を入れ替えてエミリーの問いに答える。
「だいたいは魔物用の罠だな。少量でも中型の魔物を痺れさせることが出来る。毒は焼いても消えないけど、数日置けば自然に抜けるな」
「そんな使い方があるんですね」
エミリーは感心したように頷く。ちょっと勿体ないと思ったのは、ルヴィには内緒にしておくことにした。
2人は雑談を続けながら小屋の中を整えていく。馬車から敷物の毛皮を移し、荷物を並べる。ルヴィが作った木のテーブルなども配置した。
最後に丸太を削った椅子を置いて、ルヴィが口を開く。
「よし、これで終わりだな」
「はいっ、私たちのお家の完成ですね!」
“私たちのお家”と自分で言ってエミリーは顔を赤くした。顔の熱さを誤魔化すように言葉を続ける。
「そ、それにしも、ルヴィさんが建てた小屋は、内側もちゃんとしてますねっ」
「ああ、森の中で簡単な小屋くらいは自分で建てるし、昔は村の家を建てる手伝いもしたからな。
元々、村の家はそう豪華なものではない。外部から大工を呼ぶこともなく、村の中だけで建築もしていた。今はその技術も途絶えてしまったが。
「まあ、俺はあくまで手伝いだったからな。一人で建てられるのは小屋くらいだよ」
大まかな知識はあるが、専門家の指示なしで大物を建てる技量はルヴィにはない。ルヴィの本分は狩人だ。
「それでも十分すごいと思いますよ?」
エミリーの素直な称賛に、ルヴィは軽く笑った。
「そう言ってくれるなら、作った甲斐があったよ。さてと、小屋の中も終わったし、休憩にするか」
「はいっ、お茶淹れますね」
「ああ、ありがとう」
お湯を沸かし始めるエミリーへと礼を言いながら、ルヴィも木の実などをテーブルに並べる。お茶請け用だ。その自分で採取した木の実の残りを数えて、ルヴィはエミリーへ声を掛けた。
「休憩が終わったら俺は森に入るよ。ついでに夕食の材料も探してくる」
「はい、お願いします。私も他の作業を進めておきますね」
自分が不在の間、この村で待機するエミリーへとルヴィは言葉を作る。
「ああ、留守は任せた」
「……っ! はいっ!」
家を任された、という想いと共に、エミリーは満面の笑みでルヴィに応えた。
◆
夕方、森での採取を終えたルヴィは村へと帰ってきた。だが、その表情は思案顔だ。揺れる背中の籠にも意識を向けない。
ルヴィは考え込むような表情のまま、建てたばかりの小屋を目指す。小屋には明かりが灯り、中からはエミリーが動き回る気配がした。何かが焼ける良い匂いもする。
小屋の扉を開ければ、エミリーが2人分の種なしパンを焼いていた。ルヴィの帰宅に気が付いたエミリーが振り返る。視線の合ったエミリーへと、ルヴィは帰宅の挨拶をした。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
エミリーは元気よくルヴィへと応えて、その表情に首を傾げた。
「……? ルヴィさん、どうかしたんですか?」
「うん? ああ……森で人がいた痕跡を見つけたんだが……」
そう言って、ルヴィは採取物を床へと下ろす。エミリーは困惑顔だ。
「人の痕跡、ですか? 巡回する兵士の方のものですか?」
「いや、違うな。足跡からたぶん2人組みだ。巡回の兵士はもっと大人数で行動する。それに、森を歩くのに慣れていない足跡の残り方だった」
魔物による襲撃が起きないように、領主は定期的に魔物の討伐を行う。見つけた痕跡は、その兵士達の物とは明らかに違うものだった。
「……冒険者の方々でしょうか?」
「冒険者ならもう少し上手く歩くだろう。それに、ここは冒険者ギルドがある街からかなり遠い。わざわざ来る物好きなんてほとんどいないはずだ」
「そうなると……よく分かりませんね」
「ああ、いったい何者なのか分からない。とりあえず警戒はしておこう。逃げ込んだ盗賊の可能性もある。エミリー、渡した魔道具は身に着けているか?」
言われたエミリーは、左手の手首をルヴィへと掲げる。そこには腕輪型の魔道具が嵌っていた。
「はい、大丈夫ですよ。いつも着けてます。でもこれ、かなり高価な魔道具ですよね。魔力による障壁の強度が、私の知っている物より数段上です。それなのに、消費する魔力量も少ないなんて」
エミリーの言葉に、ルヴィは少し誇らし気な笑みを浮かべた。
「そうだな。作った職人は腕が良いらしい」
「ルヴィさんのお友達からいただいたんですよね。他の魔道具も含めて、買ったら大変な金額になりますね」
「ああ……それをタダでもらったんだ。いつかこの恩は返さないとな」
「そうですね。一緒に頑張りましょう」
エミリーの笑顔を見ながら、ルヴィは魔道具の贈り主を思い出す。村が復興すればそれでいいよ、と言う姿が容易に思い浮かんだ。さすがにそれで済ませる訳にはいかないので、欲のない友人に恩を返す方法を想像する。中々の難題だ。
少し思考に沈んだルヴィに、エミリーが声を掛ける。エミリーの視線はルヴィが下ろした籠だ。
「ええと……。それでルヴィさん、さっきから変な音が聞こえて来るんですが、籠の中身はいったい何ですか……?」
「ん? ああ、ちょうど手頃な場所にいたから獲って来たんだ」
そう言ってルヴィは籠の中へ手を伸ばし、中にいたモノを掴み取った。ルヴィに持ち上げられて姿を見せたのは、光沢のある外殻を持ち、複数本の細い足を蠢かす生物だ。ルヴィの肘から指先くらいの大きさで、長い触覚を忙しなく揺らしている。
……つまり巨大な虫だ。
「ひっ……!?」
その姿に、エミリーは引き攣ったような悲鳴を上げた。逃げ出しそうな足に力を入れて、何とかルヴィに問いかける。
「え、ええと、それは……?」
ルヴィが「夕食の材料を探してくる」と言った光景が、エミリーの脳裏に浮かんだ。背中には嫌な汗が流れる。
「“岩殻虫”だな。元々この村ではよく食べていたんだが――」
「……っ!?」
ルヴィの言葉に、エミリーは後ろに倒れそうになった。エミリーの中では虫は食用ではないのだ。文化の違いに戦慄する。
だが、ルヴィの習慣ならとやけくその覚悟を決めかけたところで、続きの言葉が聞こえた。
「これも帝都で高く売れるらしいから、今はシメて乾燥だな。後で俺がやっておく」
「……ふえ?」
食べないらしい。その事実に、エミリーの体から力が抜ける。
「ああ、今日の夕食用には野鳥を獲ってきた。あとは野草もいくつか。これでスープでも作るか」
そう言ったルヴィの表情を、エミリーはじっと見つめた。ルヴィの口元に楽し気な笑みがあるのを確認する。
「……ルヴィさん、もしかしてわざと言いました?」
エミリーの目が細まった。からかわれた、という想いが心の中に広がる。
「…………エミリーの反応が良かったからついな」
沈黙の後、少し申し訳なさそうに言ったルヴィの言葉に、エミリーは軽いため息を吐いた。
「もう、びっくりしました……。あまりからかわないでください」
「ははは、悪かったな。エミリーの故郷では食べないのか?」
「私のところでは牧畜もやっていたので、食べることはなかったですね」
「牧畜か……」
言いながら、ルヴィは昔を思い出す。かつてのこの村では、周囲の生き物が豊富だったために、自分の狩りだけで食肉を賄っていた。だが、狩りは常に上手くいくものではない。そのために、虫なども普通に食べていたのだ。
思えば、卵を得るために鳥を飼ってはどうかと言われたこともあった。確かに、安定して肉を得たいのなら、牧畜にも手を出してみるべきかもしれない。
「……やることが山積みだな」
「ルヴィさん?」
その呟きに、エミリーが不思議そうにルヴィの顔を見上げる。
「いや、さっさと夕食の準備に取り掛かるか」
「そうですね。今日もいっぱい働いたのでお腹が空きました」
そう言って楽しそうに作業を始めるエミリーを見ながら、ルヴィも手を動かす。明日も頑張るために、美味しい食事は大切だ。そう教えてくれた変わった友人のことを思い出しながら、ルヴィは軽く笑って料理を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます