第十七幕 狩りの祝杯

自分たちは宿屋を後にして、酒場に向かった。

葬式の後に狩りの祝杯を挙げるそうだ。


酒場の前にたどり着くと怒号のような歓声が響き渡っていた。

扉を開くと、人が集まって机に座って、酒や食べ物を囲んで盛大に盛り上がっていた。

机を囲んで話し込んでいるものや和気藹々と話しているもの、バカ騒ぎをしている者、村人や渡り狼まで様々だ。


「お~い。ヨ~ゼフ~。ネモ~。こっちら~。」

自分たちを呼んでいる方を見てみると机の一角にアニマと一緒に狩りに出かけたヘッツェナウアーと他の三人の渡り狼たちが座っていた。

ヘッツェナウアーと三人の渡り狼たちはすでに祝杯を始めているらしく、完全に顔を赤らめて、バカ騒ぎをしていた。


「おお、すまない。遅れてしまった。」

ヨーゼフは椅子に座り、自分も椅子に座った。

机は円形でアニマは自分と二つ先の椅子に座っており、自分とアニマの間にはヘッツェナウアーが座っていた。

自分の別の隣にはヨーゼフが座っていた。

ヨーゼフは給仕に酒と食べ物を注文して、給仕は笑顔で答えて、奥の方へ消えていった。


「ネモ~。お前どこにいってたんらよ~。」

ヘッツェナウアーが自分と無理やり肩を組むと顔を近づけてきた。

完全に酔っぱらっているらしく、呂律も回っていない。

最初の頃に比べて輪にかけて鬱陶しさが増した。


「ネモ。ヨーゼフさんとどこに行っていたのですか?何か深刻そうな顔でどこかへ行きました。」

アニマが不思議そうに顔をぴょこりと出した。


「それは・・・。」

言おうか言うまいか悩んだ。


「当ててやるぜ。お前は糸切り人形を知らなかったから死体がまだ生きてるって驚いたんだろ。だからヨーゼフに最近狩りにとちって精霊を食われたやつの所に連れてこられて糸切り人形について教えてもらったんだろ~。」

「そ、そうだよ。」

「やっぱり~。俺ってあったまいい~。」

「なんであんたらそう平然としてんだよ。一緒に葬式したのに。」


自分の問いに渡り狼の一人が答えた。

「確かに人が死ぬのは悲しいさ。だから盛大に送ってやるのさ。村人の誰かが死んだら、葬式は村も渡り狼もみんなで一緒にやるんだ。ただ知らないやつの葬式に出た訳じゃないさ。それはな葬式が行った日は酒場が安くなるのさ。酒場の酒が安くなるのは村だけさ。町なんか糸切り人形も出しやがらねぇし、何だったら葬式は家族や親せきだけやって、他は何食わぬ顔で仕事してやがんだぜ。冷てぇよなぁ。だから俺らは死んだやつの分まで飲んで食って盛大に月に送ってやるんだよ。」


「だから・・・。」

ヘッツェナウアーは給仕から持ってきた追加の酒の入ったグラスを持った。


「お前も飲め!ネモ!」

グラスを俺の顔に押し付けた。


「飲めねぇし。食えねぇよ。口無いんだから。」

「なら雰囲気だけでも楽しめ!飲みの楽しさは酒に酔うんじゃなくて雰囲気に酔うんだぜ!」

がははと笑いながら酒を一気に飲み干した。


「あーーーーー!おいヘッツェナウアー!それ俺の酒だぜ!」

別の渡り狼がヘッツェナウアーの飲み干したグラスを指差して叫んだ。

顔は真っ赤で酔っているのか怒っているのか判別が付かなかった。おそらく両者だろう。


「うるせぇ!早いもん勝ちだ!欲しかったらなぁ・・・。自分で分捕りな!」

「なんだとぉ・・・!」

押し合いへし合いになりながらしばらく乱痴気騒ぎが続いていた。


時間が経つとあれだけ白熱していた乱痴気騒ぎも次第に収まっていき、ヘッツェナウアーも他の狼たちも机の上で眠りこけていた。

机は食べ物や空になったグラスで埋め尽くされており、混沌とした様相を呈していた。


一人平然とお酒を飲んでいたヨーゼフが立ち上がった。

「どうしたんだよ?ヨーゼフさん。」

「少し外す。」


ヨーゼフは酒場を出た。

手洗いは酒場の中にあるので外に出たヨーゼフの理由が分からなかった。

不審に思ったので自分もヨーゼフが酒場を出た後に立ち上がって、酒場を出た。


ヨーゼフの跡をつけていると。

とある家までたどり着いた。

するとヨーゼフはその家の扉を叩いた。

すると扉が開いて、女性が出てきたのだ。

その女性は年はまだ若いが顔のところにしわができ始めていた。

そして女性の目に涙の跡のようなものが出来ており、なんだか悲しそうだった。

耳をそば立てて、話を聞いてみた。


「ああ、ヨーゼフさん。」

「息子のほうは残念だったな。」

「ええ、うぅ・・・。」

「君にこれを渡しておく。」

ヨーゼフは懐から何かを取り出して女性に渡した。


それは小さくて光っている何かだった。

目を凝らしてみると橙色の精霊結晶だと分かった。

それを女性が両手に握りしめ、胸に引き寄せて膝を崩して、泣き出した。


「ありがとう・・・。ありがとう・・・。」

泣きながらヨーゼフに感謝の言葉を口にしていた。


「すまないな私にはこれしか出来なくて。」

「いえいいのよ。息子を取り戻してきてくれてありがとう。」

そして話を終え、女性は家に戻り、扉が閉まった。


そしてヨーゼフがこちらに戻ってきたので急いで別の建物の陰に隠れた。

ヨーゼフは自分に気づていないようで隠れている自分を通り過ぎて数歩歩いた時に止まった。


「ネモ。隠れてないで出てくるんだ。」

そう言われて、自分は陰から申し訳なさそうにでてきた。


「どこに行くのか気になって。」

「なら素直にどこに行けば行けば良かったんだ。別に隠すことでもなかったのに。」

「何やっていたんだよ。」

「殻送りになった少年の親に少年を食べた悪魔の精霊結晶を加工して渡したんだ。」

「そうなのか。知り合いだったのか?」

「ああ、私も長年渡り狼としてやっているから村の人間とも交流はある。そうじゃなくても渡り狼は糸切り人形になった人間の残された家族にその精霊を奪った悪魔の精霊結晶を飾り物に加工して、送る習わしがあるんだ。」

「そうだったのか。」

「悪魔に精霊を奪われてもその精霊結晶の中にその人間の魂は宿っていると言われている。だからそれを渡して家族に再開させるんだ。」


彼は鞄から緑色の精霊結晶を取り出した。

精霊結晶はそれ自体輝くことはないが灯りに照らされて、ほのかに輝いている。

そして鞄に戻した。


「さてそろそろ酒場に戻るか。そろそろ眠りの刻だ。祝杯はお開きにしよう。ネモ。今日の宿代は私が出そう。明日自分の精霊結晶を換金して準備を整えるといい。」


そして自分とヨーゼフは酒場に向かった。


第十七幕 狩りの祝杯 完




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