第十六幕 糸切り人形

「ネモ、アニマ。大丈夫か。」

静かにヨーゼフの声が降りてきた。


すると遅れて他の鉄馬の音が近づいてきた。

そして自分たちを坂の上から発見すると、ヨーゼフとともに降りてきた。

みんなは自分たちを取り囲むように鉄馬を止めて、鉄馬の精霊灯の灯りを点けた。


「おい大丈夫か?」

「大丈夫か?」

他の渡り狼が心配して声を掛けてきた。


「ああ、俺は大丈夫だ。でもアニマは。」

彼女を見るとアニマは薄っすら目を開けた。

そしてアニマは何とか意識を取り戻した。


「ネ、ネモ。大丈夫ですか?」

「ああ、俺は大丈夫だよ。それよりアニマの方こそ大丈夫か?」

「ええ、っ・・・。私は大丈夫です。」

「ごめん。俺がもう少し周りに注意していれば良かった。」

「いえ・・・。ネモは何も悪くありませんよ。怖かったけど楽しかったです。」

アニマは微笑んだ。


「無茶だな・・・。」

自分はどっとくたびれたように脱力した。


「二人とも無事でよかった。鉄馬もどうやら無事のようだ。」

地面の草がクッションになって助かったのだ。


「おい。ヨーゼフ。見てくれ。」

「ん?なんだ?」

声がした方を見るとヘッツェナウアーが悪魔の死体を漁っていた。

ヘッツェナウアーは悪魔の死体の中から何かを取り出した。

それは精霊結晶だった。

悪魔の黒い血に覆われていたがかすかに橙色に光っていた。


ヨーゼフはこれを見て少しだけ神妙な顔つきになった。


「恐らくは・・・。」

「ああ、あの二人だな。」

ヨーゼフとヘッツェナウアーは意味の分からない会話をしていた。


するとヨーゼフはナイフを取り出し精霊結晶を砕いた。

精霊結晶は簡単に砕けて、ヨーゼフはそれを七つに分けるとそれぞれに配った。

両手大まであった精霊結晶は砕かれて手元にはそこそこ大きな石ぐらいの大きさが残った。


「よし狩りは終わりだ。戻るとしようか。」

再び全員鉄馬に乗り、森を出て村に戻った。


村に戻るとなんだか広場に人が集まっていた。

近づいてみるとどうやら葬儀を執り行っているようだ。

人だかりの一番前には棺桶が置いてあり、人々は順番に棺桶の中にいる故人に別れを告げていった。


村人の中には棺桶の中にいる人間の家族か友達だろうか泣きながら別れを告げたり、別れを惜しむ人間がいた。

その列にはどうやら村人の他に渡り狼がいて、彼らも葬儀に参加して別れを告げていた。

そしてヨーゼフの勧めで自分たちもそこに並ぶことになった。

何故か聞いてみると村の葬儀は一種の行事みたいなもので村人が一緒に行い、また村に訪れた渡り狼も参加するのが習わしだそうだ。

目の前のアニマが遺体に別れを告げて、自分の番がやってきた。


薪が並べられた上に棺桶が置かれており、先生を弔った時と同じような感じだった。

棺桶に近づいて遺体の顔を見た。


何か懐かしいような感じがして、その懐かしさの正体を考えているとその遺体の正体に気が付いた。

それは自分が昔村に訪れた時に自分をいじめていた少年達の一人だったのだ。

年齢も自分と同じくらいで当時は少年だったが時が立って今では青年になっていたのだ。


だがもう彼は動くことはない。

病か何かに倒れたのだろうか。

色々なことに思いを巡らせて別れを告げようとした時、ある異変に気が付いた。


それは遺体が動いたことだ。

動いたと言っても僅かなもので寝息を立てて、寝ているように胸が薄く上下していたのだ。

それはつまりこの死体は死んでいないということだ。


「おいネモ。そろそろ替わらないと。君の知り合いか?」

後ろからヨーゼフが早く交代するように促してきた。


「ヨーゼフ。こいつ生きてるよ。」

「いやこの子は死んでいる。」

「なんで?息をしているのに。」

「君は知らないのか?」

「何が?」

「そうか、付いてくるといい。その子について教えよう。」


するとヨーゼフに連れられて宿屋のような場所に着いた。

宿屋の中を進んでいき、一番奥の部屋にたどり着いた。

そしてヨーゼフは扉を開けた。

灯りが点いた廊下と比べて中は灯りが点いておらず中が薄暗かった。

そして部屋の奥にあるベッドに誰かが寝ていた。


そしてベッドの近くまでたどり着いた。

ベッドの上で男の人が眠っていた。

仰向けになってすうすうと寝息を立てながら健康的に眠っていた。


「この人がどうしたんだよ。普通に眠っているだけじゃないか。」

「ネモ。質問だ。この男は生きているのか?」

「何訳の分からないことを言ってんだよ。生きてるに決まってるじゃねぇかよ。さっきの式場に戻って、言いに行こうよ。」

「答えは正解であり、はずれだ。この男は体が生きているが魂が死んでいる。もうこの男は眠りから覚めることはないんだよ。」


ヨーゼフの言っている意味が分からなかった。


「どういうことだよ?」

「ネモ。君は悪魔と精霊について知っているか?」

「もちろん。悪魔は人間だけ襲う生き物で精霊は人のもう一つの魂のような存在だろ。」

「当たりだ。だが悪魔の習性は人間の本体を襲う訳ではない。人間の体にある精霊を狙っているんだ。」

「?」


ヨーゼフは腕を出して、手の平を上向きに半開きにした。

すると手のひらからヨーゼフの精霊が現れた。


「精霊はもう一つの私たちのような存在だ。私たちはこの精霊を使って生活している。この精霊を私たちは見ることはできても、触れることはできない。例え自分自身であっても。」

そういうとヨーゼフは手のひらを握った。

精霊は手のひらに隠れて一瞬だけ見えなくなったがすり抜けて上に飛んだ。


「だが悪魔は私たちの精霊に触れることができる。そして彼らは精霊を捉えるとそれを食べてしまう。」

上に飛んでいる精霊を今度は鷲掴みにすると精霊は霧散してしまった。


「この精霊を食べられてしまうと人は意識を失ってしまい。二度と目が覚めることはない。」

「じゃあさっきの式場の棺桶のやつも精霊を食べられたのか?」

「ああ、ここは霧の村。名前の通り、頻繁に霧が発生する村で有名だ。霧は精霊灯の効果を著しく妨げる。霧が発生した時に見回りをしている最中に襲われたらしい。この眠っている男は渡り狼で最近狩りに行ってきて、狩りの最中に襲われたようだ。」


自分はとあることを思い出した。

森の中で渡り狼の一人とヨーゼフの会話を。


「森で言っていた二人って?」

「ああ、私たちが狩った悪魔に二人は精霊を奪われた。」

「なんであの悪魔が精霊を襲ったって分かるんだよ。」

「ネモは精霊結晶の等級について知っているか?」

「等級?」

「そうだ。精霊結晶は色によって精霊器や精霊機に使われる触媒として効果に差があるんだ。色の等級は白から赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の順番に上がっていく。この精霊結晶の等級が高いほど高い効果を発揮し、そして流通する数が少なくなる。」


ヨーゼフは肩に掛けた精霊銃を見せた。

銃身が長く、紫の精霊結晶が飾られていた。

森で戦った悪魔にとどめを刺したのもこの銃だった。


「悪魔の身体の中にある精霊結晶は最初は白の精霊結晶をしているがある条件で色が変化する。それは時間の経過もあるがこれは一つの色に変わるのに年単位の時間を要する。そしてもっとも効果がある要因は人の精霊を食べた数だ。」

「そうなのか・・・。」

「そしてこの霧の村は渡り狼の旅のルートとしては一般的な所だ。よく悪魔狩りが行われることが多いから高い等級の悪魔が存在することは少ない。」

「だからさっきの悪魔が二人を食べたと・・・。」

「そう考えるのが妥当だということだ。」


彼は精霊銃を再び肩に掛け直した。


「私たちは精霊に悪魔を奪われた意識をなくした人間を糸切り人形と呼んでいる。」

「糸切り人形?」

「腕や足など身体の様々な箇所に糸を繋げて動かす人形があるだろう?だが一度身体を操る糸が切れてしまうと意味を失くしてしまう。精霊を奪われた人間も同様で言葉を発することも身体を動かすことも目覚めることもなくなった人間はただ生きているだけだ。そこにあるのは身体だけで中身は空っぽなんだよ。」


再び寝台で寝ている男を見た。

男は静かに寝息を立てて眠っている。

特に傷がある訳でもない。

もしかしたら目覚めの刻になったら普通に目覚めそうな気がした。


「その糸切り人形になった人間はどうするんだよ。あの棺桶の中のあいつはどうされるんだよ?」

「それは・・・。」


ヨーゼフに促されて外に出た。

広場の方向から火が高々と上がっていた。


「あの火は何なんだ?もしかしてさっきの!」

「ああ、そうだ。殻送りが始まった。」

「殻送り?」

「糸切り人形になった人間も普通の死人同様火で葬られる。そして私たちは魂の失った体を月に返す。それを殻送りと言うんだ。」


立ち上る火はまるで巨大な焚火のようで星海の闇空を照らしていた。

そして天を衝くように燃え上がり、村を煌々と照らしていた。


第十六幕 糸切り人形 完












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