2.依頼

 一通り師匠の講義が終わる。

 榎音未さんが五葉塾へ来てしばらく経つ。少しずつ榎音未さん自身の持つ性質を調べつつ、それに伴って五葉塾がやっているあれこれについて説明をしていこうということになった。榎音未さんが五葉塾に来ることになったきっかけが私といえば私なのでこうして付き添い人になることが多い。

 私は五葉塾で《言葉師》としてよく揉め事に引っ張り出されるけど、《怪異》とかの揉め事に引っ張りだされるのは当然私だけじゃ足りないわけで、でも私以外に《言葉師》がいるのかというと実はいなくて、でも《怪異》に対応出来る人員である《異能者》は五葉塾にいるわけで。とかなんとか榎音未さんに私から説明しようかと思ったんだけど、私も何となく理解していただけだったので結局師匠に回した、って感じだ。

 榎音未さんにも《異能》の才能みたいなものは備わっているようで、だからこその榎音未さんの経歴であったりこの間の騒動があったのでそこら辺のレクチャーも師匠にやってもらおうというところだった。

「さて、じゃあ簡単に榎音未さんにも基礎的な訓練とか、久遠さんのやっている《言葉師》がどんなものか説明を、と……思ったんですが、どうやら今日は時間切れみたいですね」

 師匠がそう言った時、部屋の扉が開く。東光院さんが入ってくる。

「塾長、お話中に失礼します」

「代理ですけどねー」

「……塾長代理、失礼します」

「はーいはいはい、なんでしょ」

 人をおちょくった師匠に淡々と東光院さんが何かを説明している。東光院さんは相変わらず業務はきっちりやる質だけど、たまに愚痴っている。いちいち話の腰をおられるのが面倒だとかなんだとか。師匠はそういうのをわかっておちょくっているのが質が悪い。

「ほーんほんほん。なるほど」

 東光院さんから話を聞いた師匠がふと、微笑む。こっちを、私の方を見て、静かにまるで高価な歴史ある特注人形のような微笑みを向ける。

 私は最高に、最悪な嫌な予感がする。

「久遠さぁん、ちょっと榎音未さんと行って欲しい事件があるんですよ。いや、今発生しました! 依頼ですよ! 依頼!」

 やっぱり。

 私は後で東光院さんに愚痴ることにする。東光院さんのストレスは倍増するかもしれない。でも気にしないことにする。許せ、すまない、ごめんなさい東光院さん。私は多分送ってもらう車でギャースカ文句言ってます。今日はこの後家で午後ローの録画(メガ・パイソンVSメガメカシャーク)を見る予定だったのに!


 それからはサクサク進む。私と榎音未さんはそのまま訓練室を出て五葉塾の住み込みようのアパートに戻って最低限の荷造りをして、あれこれ爆速で資料をまとめたり任務に必要な荷物とかを持ってきてくれたりした東光院さんの車に乗って出発進行、あっと言う間にどういう状況なのか東光院さんに説明を受ける段取りになって私は東光院さんのまとめた資料をスマートフォンでチェックしながら車の助手席に座ってる。

『新王町通り魔殺人事件 概要』『新王町連続口裂け女通り魔殺人事件 概要』そして口裂け女ときた。物騒なワードばかり相変わらず並ぶ資料だ。

 該当の事件をネットニュースでサーチ。

『現代に蘇った口裂け女!? 新王町連続口裂け女通り魔殺人事件!』などの記事がヒットする。煽り立てるようなタイトルに辟易するけどコメント欄を見る限り反応自体は結構多いみたいだ。

 同時並行でSNSをチェック。その記事から派生した書き込みを調べていく。


『今ニュースでやってた事件口裂け女じゃね?』『口裂け女なわけないんだよなぁ』『でもそういう映画あったら面白そうじゃない? 口裂け女が復活!』『口裂け女事件、頭おかしいやつがなんかやってるだけでしょ』『今時口裂け女とかいるわけないでしょ。見た人間がいたとしても絶対話盛ってるって』『口裂け女見たとか言うやつのツイ見たわ。そういう承認欲求恥ずかしくないのか』『狂言だわ』『口裂け女ってあれだろ、美人への嫉妬』『口裂け女の件。というか被害者の殺され方とかプライバシーなのに平気で出回ってるの酷すぎる』『リテラシーなさすぎでしょ、口裂け女とか実際の事件で騒ぐの』


 それなりに話題にはなっているが、口裂け女の存在自体が今回の事件の背景として無条件に大衆に《信じられている》ものではないことを確認する。

 口裂け女、ね。と思いながら私は東光院さんに話しかける。

「東光院さん、口裂け女って今時出てくると思う?」

「さあな。昔よりは総合的な知名度は上がっただろうが信憑性は落ちた。そこらへんの小学生捕まえて聞いたとしても信じているやつの方が少ないだろうよ」

「でも、依頼が来るってことは、口裂け女が出てきた証拠があったってことなのかな。それを私が解決しろってこと?」

「わからん」

「えっ?」

 東光院さんの意外な答えにびっくりする。

「今回は公安からの依頼だ。おおよそ俺もどんな目的かは予想つくが変な先入観をお前に与えるのは俺の仕事として良くないだろうよ」

 東光院さんがそう言った瞬間、助手席の私は顔を顰めているし、速攻で車から降りたくてしょうがない気持ちになっている。榎音未さんの方を振り返ると概念刀も置いてあって、何がなんでもここから降ろさないが? という圧力を感じてうんざりする。

「公安の人、面倒なんだけど」

「そういう面倒なやつだから塾長代理もお前に言ってきたんだろ」

「榎音未さんは危なくないわけ? あの人たち、毎回物騒な話持ってくるんだけど」

「塾長はお前がいればなんとかなるって判断なんだろ」

「はぁ……」

 五葉塾で《怪異》のあれこれを解決するには二つのパターンがある。

 一つ、五葉塾独自のネットワークであったり五葉塾が調査して引っかかった事件などを調査して解決するパターン。鮫神の一件はこれにあたる。

 もう一つ、《怪異》とか《異能》としか思えない事柄で起きた事件をなんとかしてくれ、あるいは捜査解決に協力してくれ、と依頼されるパターン。

 これの主な依頼主、それが公安だ。

「ちなみに……誰からの依頼? というか担当の人、同行とかしたりします?」

 私の質問に「ハァ……」というため息が東光院さんから聞こえる。誰からの依頼かだいたい察する。

 東光院さんが言う。

「細かい説明は現地で、だそうだ」

 この時点で私はある種の運命を感じて「マジかぁ……マジかぁ……」という声を漏らす。榎音未さんは後部座席で「え? え?」とキョロキョロしてる。

 公安、五葉塾への依頼をする、私も東光院さんも知っている、そんでもってため息をつかれる人、そうなると一人に決まってる。

 かわいいは正義。かわいい狂いの公安職員、越後屋京子えちごやきょうこ。私は榎音未さんとの重めの任務の緊張に加えて越後屋さんとも関わらないといけないと悟って車から外の景色を見てしまう。

「そぉーいうことは、もっと、早く言ってください……」

「言ったんだ……塾長代理に……」

 師匠、マジ許せない。


 そうして私たちは出会う。

 かわいい狂いの公安職員。かわいさの信望者でありながらこの国の治安を何がなんでも自らの信じる正義の下に死守する人に。

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