三島柚葉④
「遅ぉいぃぃぃぃぃ……」
布団に転がった沙優が、呻くようにそう言った。
「いや、悪かったって」
「夕飯作っちゃったんですけどぉぉぉ」
「すまんって」
平謝りである。
家に帰ると、沙優がものすごく機嫌を悪くしていた。
三島は、酒豪であった。
結局三島が満足ゆくまで店にいたら、同じペースで二時間以上も飲み続けやがった。
最終的に三島のペースにはついてゆけずに、途中から俺は三島の残すつまみを処理するのに徹していた。
そして、仕事は定時で上がったはずであるが、家に着いた頃には22時を回っていた。
沙優が顔だけぐいと上げて、正座している俺を見た。
「……女か」
「……まあ、一応、女ではあった」
付け加えると、仕事をしない後輩である。
沙優は自分で訊いたくせに、俺の答えを聞くと一瞬ぽかんとして、その後にスンと鼻から勢いよく息を吐いた。
「けっ、私の夕飯より女の子と食べる外食ってわけね」
「悪かったってほんとに」
「女の子との飲みは楽しかったですか!」
めんどくせぇぞこいつ!
しかし、これを口にしてはいけない。夕飯を作らせてしまったのは事実である。
俺が困ったように黙っていると、沙優の身体が小刻みに震えていた。
何かと思い覗き込むと、沙優が口元を押さえている。
「ふっ……ふふっ……」
どうやらからかわれたようである。
沙優は可笑しそうに笑いをこらえていた。
「あはは、あー、面白い。別に怒ってないって」
「なんだよ……からかうんじゃねえ」
「いや吉田さん、〝悪かったって〟〝すまんって〟しか言わなくて、ふふっ、面白くって」
沙優はけらけらと笑いながら身体を起こす。
「でも、ちゃんと明日の朝食べてね」
「ああ、そうする」
彼女はにへらと笑って、再び布団にごろりと転がった。
「でも、今日はあんまり酔っぱらってないね、吉田さん」
「明日も仕事なのにそんな酔っぱらうほど飲まねえよ」
「でも私と会った日はベロベロだったじゃん」
「あれは……失恋後だったし、次の日も有給だったからだよ」
俺が苦い顔をしながら言うと、沙優はくすくすと笑った。
「そんなに好きだったんだ」
「……まあな」
俺が頷くと、沙優はにやにやとしながら問うてくる。
「どんなとこが好きだったの」
どんなところ……。
思い浮かべて、真っ先に出てきたのは。
「胸かな」
「正直なやつだ!」
沙優は再び、けらけらと笑った。
何を笑っていやがるこいつは。俺はいたって真剣だぞ。
沙優といい三島といい。会話のペースをつかませてくれない女はどうも、苦手だ。
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