叩き売りの女神


空は高く、衣替えする木々を揺らしながら風が吹き抜ける。

かさかさと鳴る木の葉が心地いい。


カタツムリの私はどう頑張っても鈍足なので、タヌキは後からついてきている。

適当に駄弁りながら池のあたりを散歩していた。


「茶釜の修業はどんな感じや?」


「人間どもから金貨がっぽり集めるのも、なかなか難しいもんだな」


「そっかー」


タヌキは宝くじ屋を辞め、茶釜に変身するための修業に明け暮れていた。

歴代のタヌキたちが人間の前でやりつくしたネタであるらしく、あまり評判がよくないようだ。


小銭を投げてくれる人間はまだマシなほうで、石やごみを投げつける人間もいるらしい。特に若者が多い。礼儀知らずが以前より格段に増えたようだ。

愚痴につきあっていると、大きな水の音がした。


「たぬ公? 何してんねやオマエ」


泉をのぞいた瞬間、綺羅星をまとった美しい女性が現れた。


「こんにちは。私はこの泉に住む女神です。

あなたが落としたものを届けに参りました」


「言い方! アイツが勝手に足を滑べらしただけや!」


「あなたが落としたのは……この柿泥棒撃退セットですね?」


「殻違い! ある意味惜しいけども!」


「さて、これからの季節、丹精込めて育てた柿が実りを迎える頃と思います。自分の子ども同然の柿を誰かに盗られでもしたら、ましてや熟していない柿をぶつけられでもしたら、犯人を地獄の果てまで追い詰めたくなりますよね?」


どうしよう、何か始まってしまった。

しかもその犯人はタヌキじゃない。別のヤツだ。


「そこで今回ご紹介するのが、こちらの柿泥棒撃退セット!

ご覧ください! この麗しいボデェー! 

なななんと! 憎き柿泥棒を確実に仕留めることができるんですねェ!」


臼とハチ、更に栗までついている。

女神さん、売る相手を絶対に間違ってます。

しかも今どきかまどなんてないし。キャンプファイヤーでもしろってのか。


「さ!ら!に! このセットの素晴らしいところはなんといっても、有事の際に駆けつけくれる非常に頼もしい仲間たち!

見てください、この連係プレェー! なんと鮮やかで手際の良いことか! 

かのブレーメンの音楽隊に勝るとも劣らない! とても勇敢な仲間達です!」 


だから、アンタは誰なんだ。

何を売りつけようとしているんだ。


「しかも! 彼らを呼ぶ際の手数料など、煩わしい手続きは一切不要!

このセットを設置するだけで柿を安心して収穫することができます!

今なら臼をもうひとつおつけして! ズバリ、金貨48枚分でございます! 

柿が実るこれからの季節、ぜひいかがでしょうか?」


女神さまが臼の代わりにタヌキを引き上げた。

たぬ公は目を回し、頭の周りに星が散っている。


「おおお……お前、よう生きとったな」


「いやあ、今回ばかりはマジで死ぬかと思ったぜ。

三途の川が見えかけた」


女神の腕から飛び降りた。


「あんがとよ、綺麗な姉ちゃん。

この恩は一生忘れねえぜ」


「私は当たり前のことをしたまでです。

それでは、お値段そのままにこのセットをもう一つお付けしましょう。

今だけの特別大サービスです」


「ごめんな、それはいらないんだ。なんかこう、他にないのかい?

俺たちの言葉を翻訳してくれる機械とかさ。狐の野郎が欲しがってたんだけど」


「……恩を仇で返すようなムジナは、地獄の業火に焼かれてもらいます」


女神が指を鳴らすと、タヌキの背中に火がついた。

言葉にならない悲鳴を上げ、再び泉に飛び込んだ。

あれ、これ撃退セットを買うまで続く感じか?


とにもかくにも、押し売りダメ。絶対。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢を売るタヌキ 長月瓦礫 @debrisbottle00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ