第十四章
「見つけた」
大聖堂に入るなり玻璃はそう発した。祭壇の前で跪き祈る後ろ姿は前に見かけた聖女の雰囲気を全く損なっていない。
「朔夜」
「玻璃ちゃん、やっと会えた」
嬉しそうに微笑むその姿はどうしても敵と認識することが出来ない。
「どうして戻ってきてくれなかったの?」
妹を案ずる姉と言うよりは最早幼い娘を見るような目で玻璃に手を伸ばしかけた朔夜は、触れる前に玻璃の言葉で動きを止める。
「もう、マスターのところには戻らない」
「え?」
信じられない。声には出さなくても朔夜の表情は完全に玻璃の言葉を受け入れられないというものだ。
「マスターはアラストルを殺せって言う。でも、アラストルは誰も殺さなくていいって言ってくれる。だから、マスターの場所には戻らない」
静かに、そして真剣に告げる玻璃の声は決して大きくないのによく響く。
「……そう、なら仕方ないわ。玻璃ちゃんが選んだことですもの」
朔夜は目を伏せ、それから一瞬視線だけをアラストルに向けた。
「でもね、その人、本当に信用出来るの? 玻璃ちゃんを守れる実力があるのか……私が確かめさせて貰うわ!」
唐突に。そう言いたくなるほど突然、がらりと雰囲気が変わった朔夜は着ていた質素な服を脱ぎ捨てた。その下は猛獣使いの衣装だろうか。体の線を強調するような革製の服を纏っており、手には鞭が握られていた。
「ここは神聖なる場所。血で汚す訳にはいかないわ。表に出なさい。私が相手をして差し上げますわ。アラストル・マングスタ!」
ピンと張る鞭の音。
この女、相当一本鞭を使いこなしている。
出来れば戦いたくない相手だと思いながら、アラストルは間合いを取ろうとする。
「やはり俺を知っていたか」
「気付いたのは昨日の夜。セシリオの部屋の資料をたまたま見てしまったの。できれば……あなたとは戦いたくなかったわ」
たまたまなんて嘘だろう。アラストルの直感が告げる。
「でもね。私には私の義務があるの」
「義務だかなんだかしらねぇが、身に覚えのないことで命を狙われるのは我慢できねぇなぁ」
わざと挑発するような笑みを見せる。
アラストルもまたクレッシェンテ人だ。売られた喧嘩は買うし、身内と認めた相手以外に情けなど必要ない。
それに依頼人は誰だとか、狙われる理由だとか、はまだ知らないことが多い。吐かせる方が重要だ。
剣の柄に手を伸ばしかけた時、玻璃の静かな声が響く。
「アラストル、外に出ちゃだめ」
「ん?」
剣士としては室内よりは屋外の方が戦いやすい。なにせ聖堂は障害物が多い。しかし、玻璃は真面目な顔をして続ける。
「朔夜は強い。だけど、ここじゃ戦えない。朔夜をなんとかできればマスターに勝てる」
そして、玻璃は朔夜に向く。
「悪いけど、遠慮はできない」
「ええ、私も、ディアーナの幹部として……退かせてはもらえないわ」
そう口にした朔夜の瞳はとても悲しそうで、この戦いを納得できていない様子だ。
それでも、責任ある立場だと必死に踏ん張っているように見える。
「でも、私の負けかしら……玻璃ちゃんも賢くなったわ」
困ったように笑う朔夜に、それは賢いのではなく卑怯だと言ってやりたかったが、そのおかげで戦わずに済みそうなので言葉を飲み込む。
やっぱり、女相手はやりにくい。それに、武器は一本鞭ときた。出来れば戦いたくない相手だ。
「神の家で戦うなんて……私には出来ないわ」
朔夜がそう口にした瞬間だった。
朔夜が見上げた先の、見事な女神が描かれた色硝子の入った窓ごと壁が爆破されたように吹き飛んだ。
「な、な、な、な、なんてことを!」
朔夜は慌てて窓のあった方を見る。
犯人に心当たりはあるが出来れば違って欲しい、むしろこの爆破自体が幻覚かなにかであって欲しいと願っているようにさえ見える動きだ。
「悪ぃ……ちょっと邪魔だったからさ」
悪戯が見つかった子供の様な表情で言い放った瑠璃を確認し、朔夜は倒れた。余程あの色硝子に思い入れがあったらしい。
「瑠璃、朔夜気絶したよ?」
玻璃は感情の読めない声でただ事実を告げる。
「なに? マスターに殺される!」
頭を抱えて慌て出す瑠璃を見る限り、現状はあまり好ましくないらしい。
その隙に、玻璃は壊れた壁の破片を拾って瑠璃の後ろに投げつける。
それはもう、見事な投擲だった。しかし、その先にいた人物はそれを手で受け止めたらしい。土煙の奧からそう大きくない人影が現れる。
「……玻璃、いい度胸ですねぇ……」
それはいつか聞いた男の声だった。
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