間章


 

 時間がない。

 瑠璃は苛立っていた。

「玻璃は……戻らなかったか……」

 情報を集めている間にも騎士団やリヴォルタの動きも気にしなくてはいけない。ハデスには少しも近づけていなかった。

 ただ、わかっているのは標的の住処。普通ならこれさえ把握していれば問題ない。しかし、既に玻璃と接触した後だ。今もそこに居るとは限らない。

「シルバ、か……」

 記憶の中の銀の剣士。かつて伝説と呼ばれたその男は常に微笑みを絶やさなかった。どこか上流階級の、それも貴族みたいな雰囲気で大人の余裕とやらを醸し出していた。

 正直なところ、瑠璃はあの男があまり好きではなかった。いつも兄貴面しているところがムカつくし、玻璃が懐いているところはもっと気に入らなかった。けれども、生きていくために必要なことを教えてくれた。

「生きるために必要なのは情報……嘘を見抜き優位に立つために……」

 師としては、あの男の実力を認めていた。ただ、玻璃のように保護者として盲信するようなことはない。

 伝説の銀の剣士は今でも優れた戦士として瑠璃の記憶に深く刻まれている。

 それはただ伝説としてだけではなく、かつて師と認めた者として存在しているのだ。

「シルバを見つけたら、か……本当に馬鹿だな……」

 玻璃の言葉を思い出す。

 そんなの、戦いを挑むに決まっているじゃないか。

 瑠璃にとってシルバは親代わりでも兄代わりでもない。ただ、上に居る存在で、認めて欲しい相手で、いつかは越えたいと思っていた男だ。

 そう言う意味では、瑠璃もまた、今もシルバに囚われている。

 本当に、厄介な男だ。消えてからだって嫌がらせをしてくる。

 思わず、溜息が出た。

 心してかからなければならない。

「……玻璃、お前の記憶は確かだろうな……」

 玻璃の記憶力を疑っているわけではない。だが、それでも信じたくないものはある。

 玻璃の異常な記憶力は嫌と言うほど知っている。きっと玻璃は今も寸分の狂いもないシルバを再現できてしまうだろう。

 その玻璃が、だ。

 その玻璃が標的の男をシルバと間違えると言っていたのだ。

「ちゃんと……戦えるだろうか」

 体が震えている。

 伝説を目前として、自分は戦えるだろうか。

 瑠璃は自問する。

 もし、あの伝説が記憶を失って今も生きていたのだとしたら?

 あの頃は味方だったあの男が敵になっていたら?

 そんなありもしないことを考えてしまう。

 シルバはもう土の中だ。

 それに、もし、再び現れたとしても……。

「戦わなくてはならない。戦わなければ生き残れない」

 髪を結い直し、気合いを入れる。

 もう、顔の輪郭すらおぼろな男の後ろ姿を浮かべながら。

「悪いな、シルバ。今度は勝たせて貰うぜ?」

 記憶の中の後ろ姿にそう告げ、標的の住処を目指した。

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