スパイス

天洲 町

もっと早く使えば良かった

 毎日ではないが、一人暮らしの男だって料理をする。

 料理が好きとか得意とかじゃなくて、作った方が安いからだ。買った調味料がもったいないってのもある。

 休みの日くらいしか作らないから、どれも大して減らないんだけど、中でも減らないやつが一つ。

 七味唐辛子だ。

 特に好きじゃないから使わない。腐るものでもないからもったいなくもない。だから減らない。じゃあなんでそんなもの置いてあるのかというと、半年くらい前に別れた彼女が置いていったせいだ。




 別れた理由は俺に冷めたから。

 せめて浮気が発覚したとか、決定的な大喧嘩をしたとかなら、友達に話すネタにもなったろうなと思う。小学校の頃好きだった女の子に、告白できないまま別の中学校に行った、みたいな面白くない恋バナが一つ増えてしまった。

 一度荷物取りに来た日の帰り際、

「忘れ物があったら捨てちゃって良いから」

 って言い残して居なくなった。ただでさえいろんなものが消えちゃって寂しくて仕方ないのに、俺にまだそんな酷なことさせるのかよって思ったのを覚えてる。

 とは思いつつ、残ってた方が思い出しちゃうし、大事に保存してるみたいになるのもなんとなく嫌で見つけたものは捨てた。リップクリームとか。よく失くしてたな。あ、あれは俺が失くしてたやつだったかも。

 だけどなんか、なんとなく捨てられないでいるのが七味唐辛子だ。




 思えばいつのまにか部屋の一部みたいになってたメイク落としのボトルも、オレンジ色の鞄も、1人分空いたテーブルのスペースも今は全部なくなっちゃって、残ったのはこいつくらいで。

「思い出じゃなくてただのスパイスだから」って言い訳できるものだからかな。




 消化とか滋養にもいいって、何かの時に調べたら書いてあった。そんなの気にする子じゃなかったけど。いい香りがするから好き、だったんだろうな多分。




 いい天気の土曜日の昼前だというのに、今日はなんでかいろんなことを思い出す。ふと気づくとうつってた癖とか、つい友達にやっちゃった2人だけのノリとか。好きじゃないけど忘れられなくなってる。

 無理やり引っこ抜いちゃうと、元々の俺まで一緒にくっついてきちゃうような、そういう強さと深さで結びついちゃってて、最早うつったものというか俺自身になりかけてる。

 あの子もそうなんだろうか。別にそうであって欲しいわけじゃないけど。強がりとかじゃなくてマジで。




 きっと俺が居なくてもあの子は平気で、俺だって同じように平気で。

「時間が傷を癒してくれる」ってよく言うけど、そうじゃなくて、時間は幸せも苦しみも風化させていってるだけなんだろう。




 昼食に、豚肉と玉ねぎを焼肉のタレで炒めたものを作った。ご飯をよそってテーブルにつき、その肉に七味唐辛子を振ってみた。

 いい香りがして美味しい。知らなかった。



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