欠陥品たち

『おはようございます、サラ』

「おはよう」


 廃棄される予定だったはずの機械人形オートマタを奪ってから、一ヶ月が経とうとしている。機械人形オートマタ、いや、ハイネはあれからというもの、暴れもしなければ逃げもせずにただ私のそばにいた。そして私の代わりに、この広い家の管理をしてくれている。最初は、魔力を消費して、片付けや掃除をしようと思っていたのだが、ハイネがわたしがするといって、家事などをしてくれるようになったのだった。おかげで魔力を消費しなくても、館の清潔さが常に保たれている。


「あ、また来た」


 庭に入り込んでいるのは、ハイネ曰く行政のものらしい。杖をひとふりすると、杖の周りにきらきらと星が散る。次の瞬間には、庭に入り込んだ不届き者はいなくなってしまった。転移魔法の応用で、複数人を適当な場所へと転送したのだ。騒がしさは一気に消えた。

 だいぶしつこい奴らのせいで、魔力が普段よりも格段に残っていない。魔力がなければ、魔法使いじゃなくなるというのに。そろそろ、対策を考えた方がいいかもしれない。こんな時に同族がいればいいのになあ。

 杖をひとふりして、探知魔法をかけてみる。何の引っかかりもないままに、ただ無駄に魔力だけを消費してしまった。

 百年間、ずっとひとりだった。ハイネだけがいれば、他にはもう何もいらないというのに。どこか邪魔の入らないところで、二人きり静かに暮らせないものか――――。


『サラ、まだ諦めないのですか?』

「やだ」

『魔力もつきてきているのでしょう?』


 青い瞳が不安にゆらぐ。きみはそういうところばっかり、人間らしくって。憎くて、愛しいよ。

 ハイネの固い手が私の手を掴む。その手を振り払うことはせずに、黙ってうなずく。そうすると、青い瞳はさらに不安げな視線をよこしてみせる。ハイネの言いたいことはわかっていた。この一ヶ月、考えてきていたことでもある。

 現状、私だけでは無理だ。たかだか百年の、しかも私独自の、知識なんかで窮地を脱することは難しい。でも、先人たちの魔法使いの本ならば。

 ただ残りの魔力量から考えると、もはやその道を選んだら引き返せない。でも、このままでもやがては、ハイネを失うことになる。私だって、無事ではすまないかも。

 ハイネを失いたくない。だから、私は決断することにした。この洋館を置いて、ハイネを連れて、魔法使いの里へ向かうことにする。もう、行くことは無いと思っていたのだけれど。最低限の荷物だけまとめて、向かう。


 □□□


 魔法使いの里まではそんなに物理的距離はない。少し歩いただけでついてしまう。近くても、見たくはなかったし、昔を思い出すのがなによりもいやだった。

 里にひとつだけしかない図書館へと入る。そこにはずらりと本が並ぶ。ひとつ、ひとつ、手に取ってはページをめくる。願いを叶えてくれる方法が書いてある本があるまで、見つかるまで本を手に取り、ページをめくり続けた。

 気づけば、ろうそくに灯がともるくらいの時間になっていた。ゆらゆらとゆらめくろうそくの灯では、本が読みづらい。明るい場所ですら、読みにくいのが魔法使いの蔵書というものだ。目を閉じて、本も閉じてしまう。


『サラ。歌を、歌ってもよろしいでしょうか?』

「うん、歌ってよ」


 新緑を思わせるような澄んだ歌声が響く。

 ハイネの廃棄の決め手となったのは、持ち主の死だけではない。致命的な欠陥にあった。一日に一回は歌を歌わなくてはならないことだ。歌わなくては、ハイネは壊れてしまう。同シリーズの他の個体において、そのような現象は起きていなくて、ハイネだけが異質であり、欠陥であったとハイネは語った。そして、ここまでの感情も、持ち合わせてはいけなかったと。感情表現が人よりのハイネは、やはり機械人形オートマタの中でも異質だったのだと思った。どれだけ技術が進歩しようとも、ここまでの感情を引き出せるなんてありえないのだと世間はバッシングしただろう。素晴らしいこと、だと思うけれど。人と分類できない機械人形オートマタなんて、危険極まりないとでも思ったのだろう。短絡的で、卑屈な考えだ。

 前の持ち主はそれらを隠し続けた。ハイネを異質として認めず、他の機械人形オートマタと同じだと言って、守ってきたのだとも。

 でも、やっぱり人間というのは脆く崩れやすいので。病に蝕まれて、あっという間に、苦しむ間もなく、息を引き取ったという。持ち主が死んでしまえば、隠し続けたことは露呈する。廃棄が決まるまでそう時間はかからなかった。だから、すぐに廃棄されるはずだった。予定を狂わせたのは、私だ。

 だけれど、今世だと、機械人形オートマタは、行政により管理され、廃棄にすると決めたら中断されることは決して無いのだという。覆ることはない、覆ってはならないと。だから、行政は諦めることなく、しつこく、私たちを追ってくる。

 ああ、早く策を練らないと。このままじゃ、だめだと思いながらも、瞼はゆっくりと落ちていく。ハイネは微笑みながら、私の頭を撫でた。


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