第2話

 休日の空いた電車は、定刻通りにホームにたどり着いた。

 まばらな人波を抜けていくあたしは、ふだんよりちょっとだけ速足だ。


 駅前の雑踏を抜けて、彼女の姿を探す。計算通り、待ち合わせの時間まではまだ少し余裕があるから、どこかに腰を落ち着けてもいいかもしんないけど。


 そう、今日は、彼女と……その。「一緒にお出掛けの日」、だ。


 ――脳裏に浮かぶ単語に顔がにやけそうになるけれど、あたしは両手で頬をパシッ、と叩いて気を引き締める。

 あたしなりに考えているけれど、彼女の「願い」はまだわかってないんだ。だからまだ、これはそういう事じゃない。はず。たぶん。


 あの子に告白してから、もうすぐ一週間。学校での日々は、拍子抜けするほどいつも通りだった。

 ……いつも通り、だったつもり。彼女の指をそっと飾り付けながら、他愛もない話をして、離れているときは、ばれないように彼女を見つめて。

 でも昔っから緊張しいのあたしだから、彼女からすれば違和感があったかもしれない。そこは自信ない。


 ともかく、そうしていたら、彼女に誘われたんだ。一緒に映画を見に行かない? って。彼女が以前ご贔屓だって言ってた俳優の、初主演映画。その封切が、今日。


 期待も、不安もいっぱいだ。もちろん即OKしたし、その日は浮かれすぎて全然眠れなかったけれど。

 ――けれど、時がたつほど、これが最後のチャンスかもしれない、って、心の声が無視できなくなって。


 そんなことを考えていたら、もう待ち合わせ場所のすぐ近くまで来てしまっていた。


 ぐるりと辺りを見回すと、あたしよりもずっと早く着いていたようで、彼女の姿がすぐに見つかった。

 目印の銅像のすぐそばに腰かけている、落ち着いた色のワンピースに、薄手の上着を羽織った彼女。学校で付けているものよりも、ちょっと濃いめな桜色のリップ。初めて見るの彼女は、まるで映画の一シーンみたいに佇んでいた。


 ただ。よく見ると、少しだけ困ったような顔をしている。彼女のことに夢中で気づかなかったけれど、すぐそばにはしきりに彼女に話しかけている若い風の男が一人いた。

 ――あたしは少しだけ足を速めて、彼女に声をかける。男が少しだけ面食らったすきに、二人の間に割り込むようにして足を止めた。


「この子に、何か用ですか? 」


「……おっと、お相手が来ちゃったかな?」


 彼女の肩を抱き寄せて、男をきっ、と睨む。残念、と男は肩をすくめて、彼女に、さっきの話、考えといてね、とだけ言って、意外にあっさりと離れていった。


「モデルのスカウトだって。しつこくって、困ってたんだよね。」


 あたしが拍子抜けしていると、くす、っと笑って彼女がそう言った。あたしは彼女の肩にずっと触れたままなことに気が付いて、慌てて手を放す。ひょっとしたらこれは、ちょっと恥ずかしい勘違いをしたかもしれない。

 あたしが慌ててるのを見て、彼女はまたくすくすと笑う。ちょっぴり頬が熱くなって、あたしは照れ隠しに、モデルの話、受けるの? と聞いてみた。


「行かないよー。名前も知らないトコだし、絶対怪しいもん。」


 彼女はそう言って、さっきの男のものらしい名刺を興味なさげにしまった。なんだか手馴れているようなその仕草に、ああ、いつものことなんだ、ってあたしはちょっと圧倒されてしまった。


「さ、いこいこ! 映画の前に、ちょっと寄っときたいお店あるんだー♪ 」


 彼女が、ふわりと立ち上がる。スマホを取り出して、この店なんだけど―、と歩き出そうとする彼女の手を、あたしはつい、反射的につかんでしまった。

 歩き出そうとした足を止めて、彼女が驚いた顔をこちらに向けてくる。


「その、服……」


 それは、今日の彼女の格好を見てから、本当はすぐに言おうと思っていたこと。

 ……そして、今日ここに来る前から、必ずやろうと思っていたこと。今日、彼女を見て、彼女と居て、感じた気持ちは全部、ちゃんと言葉にしよう、って。


「……とっても、似合ってる。素敵だよ。」


 我ながら、ちょっとクサいけれど。でも、素直な感想を伝える。ところどころにあしらわれたリボンやフリルが控えめに主張して……すごく、女の子って感じがする。


「えへへ、ありがとっ。」


 唐突に伝えたその思いに、たぶんちょっと面喰いながら。それでも、彼女は、にっ、と目を細めて笑ってくれた。

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