第15話 温かい気持ちと優しい優木さん

 教室のドアが荒々しく開かれ、優木さんは黒板に貼ってある張り紙に目を通すと


「ちょっと、何よこれ……?」


 声を震わせながら、怒りをにじませて周囲を刺すように睨みつける。優木さん自身、こんなにはっきりと怒った表情を見せるのは初めてじゃないんだろうか。そんな優木さんの一面を見て、周囲の人だかりも声を失っていた。


「ゆ、優木さ──」

「先輩、その写真見せてくれますよね」


 僕の声が聞こえないほどに頭に血が上っているのか、優木さんは返事をしないままに、派手な先輩のもとへ向かう。


「え、ちょっと──」


 委縮している先輩からスマホをひったくるように奪い、画面を確認すると、さらに眉間にしわを寄せた。


「真島君がこんなことするわけないじゃない……センパイ、この写真をどこで手に入れたんですか?」


 派手な先輩の正面に立ち、威圧するように優木さんは話す。その剣幕に呑まれているのか、派手な先輩は上手く話せていないようだった。


「い、いや……それは……っていうかあんたには関係ないでしょ」

「関係にあるに決まってます。そもそもで──」


 優木さんが話す途中で、朝のチャイムが鳴り渡る。そして、担任の先生が教室に入ってくると、3年の先輩を見ながら不思議そうな顔をしていた。


「ん? どうしたんだお前ら? 早く自分の教室に帰れよ」


「すいません。部活の後輩に用があって、失礼します」


 その言葉が引き金のようで、周囲の人だかりも蜘蛛の子を散らすようにその場を後にした。不幸中の幸いと言うか、張り紙はすでに剥がしてあったので、それ以上の大事になることはなかった。


      ※


 昼休みにあるクラス委員会が終わった後、今日も僕たちは学生会室で講義録をまとめていた。


「全く……みんな、あんなくだらない噂を信じて……本当にバカじゃない」


 部屋の鍵を閉めた途端、優木さん(優等生バージョン)の仮面が崩れ去る。今の優木さんの表情は不満と怒りに満ちていた。朝のことが有耶無耶なままで終わってしまったのが悔しいんだろう。


 そのせいでと言うか、立ち回った噂が鎮火することはなかった。クラスメイト含めた生徒達の反応は主に二つ。


 一つは、噂を信じて僕に明確な敵意を向ける反応。


 もう一つは、噂を信じていいのか分からないまま、僕のことを気味悪がって露骨に距離を取ろうとする反応。


「何が、真島君と一緒で大丈夫よ。余計なお世話だっての……あんたなんかよりよっぽど安心できるんだから」

「あはは……ありがとう。まぁ、このまま時間が経てば解決すると思うよ」


 困ったことに、噂を信じた人たちはこれをチャンスととらえて、優木さんと距離を詰めようとしている。優木さんを心配することが逆効果だとしも知らずにだ。


「優木さんが信じてくれて助かってるよ。僕一人だとどうなっていたか……」


 正直、恐ろしくて考えたくない。誰かが味方でいてくれることが、こんなにも救われるとは思わなかった。


「そんなの当たり前じゃない。真島君は堂々としてればいいのよ、悪いことしてないんだから」

「そうなんだけど、周りの目がさ……」


 決して、僕が悪いことをしたんじゃないって言うのは分かっている。それでも、周囲の冷たい視線だけで腰が引けてしまうし落ち込んでしまう。


 僕がうつむいてしまった時だった。


「大丈夫だから」

「え……?」


 優木さんの優しく温かい声が後ろから聞こえてきた。僕が下を向いたときに、後ろに回り込んだみたいだ。


 そして、後ろから頭を包み込むように、優木さんは僕を抱きしめてくる。


「優木さん!?」


「今は振り向かないで。振りかえったら呪いをかけるから」


 若干、優木さんの声が硬くなっている。


「う、うん……」


 心臓が爆発してるんじゃないかってくらいにドキドキしていた。今、絶対に顔が真っ赤になっている自信がある。


「時間が解決すればって言うけど、それはダメよ。だって、今のあなたは落ち込んでるじゃない」


 優木さんが僕の頭を慈しむように撫でながら、言葉を続ける。


「それに時間が解決するまでってことは、ずっと耐えるつもりなんでしょ? そんなあなたを見てると、私だって悲しくなるんだから」


「優木さん……」


 純粋に優木さんの心遣いが嬉しかった。こんな時だからこそ、余計に心に染みてしまう。気を抜けば泣いてしまいそうだ。


「以前、私が告白されたときは、あなたが守ってくれたでしょ? 次は、私があなたを守る番よね……」

 

 優木さんの静かな決心が言葉の端々から伝わってくる。


「それでまた私に何かあったら、あなたが……いえ、隆弘が私のこと守ってよね。約束よ?」

「うん、分かった……って下の名前……」

「さぁー、何のことかしらね。先に教室に帰ってるから」


 そう締めくくると優木さんは僕から体を離し、駆け足で部屋を出ていった。その際、一瞬見えた優木さんの耳は真っ赤に染まっていた。


(恥ずかしかったのならしなければいいのに……)


 それでも、さっきの言葉にすごく救われたし元気が出た。


「ありがとう……」


 届いていないっていうのは分かっている。これっぽっちの言葉じゃ足らないのも分かっている。

 それでも、言わずにはいられなかった。


 それから僕も、優木さんの後を追うように教室に帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る